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LAB LETTER シン・カガク

シン・ミディアム〜旧皮質イタコから新皮質ミーティングへ 其の弐〜高橋信次さんと高橋巌さん+ルドルフシュタイナーさん〜

最終知識を受け入れることができるのは、その最上層に位置するたましいだけである。それは、聖書にあるイエスの言葉のたとえが成就するためである。御国への道案内をする言葉は、種子である。かたくなな石の上にまいても、意味がない
-最終知識-

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*TAO LABより
本年の「イタコ」体験から上手く表現は出来ていませんが...あらためてこんな感じで記してみました。
シン・ミディアム〜旧皮質イタコから新皮質ミーティングへ 其の一〜精神の免疫 身体は浄水器

さて、今年の体験については、正直に言えば、かなり悩みました。

というのも、今年は100%を明け渡す状態ではなかったからです。そこには、その方の意識があり、同時に私自身の意識があり、さらに、これまで私が蓄積してきた知識や経験も介在していました。

では、いま語られている言葉は、どこまでが「その方」なのか?どこからが「私」なのか?その境界が、どうしても判別できなかった。その曖昧さが、私を深く葛藤させました。

さらに、今回、いくつかの「問い」を向けられたとき、私の内側にまず生じたのは「答え」ではなく、強い違和感でした。正直に言えば、その「問い」そのものに対して「呆れ」に近い感情が立ち上がったのです。「せっかくの機会にくだらない俗世間が喜ぶような唯物的週刊誌的なこと、聞くなよ」と。

しかし、その感情をそのまま言葉にしてよいのか?それは本当に「向こう側」からの反応なのか?それとも、私自身の我なのか?その判断が、どうしてもつきませんでした。

だから私は、言葉を選ぶことも、結論を出すこともせず、口を紡ぐという選択をしました。沈黙は逃げではなく、その時の私にとってもっとも誠実な態度だと感じたからです。

当初、私はこの状態を、その場の環境条件によるものだと考えていました。これまでの体験から、私が完全に「道具」となるいわゆるイタコ的な体験には、いくつかの明確な共通点があることを知っています。

それは、目に見えない側の存在たちが、驚くほど周到な準備を行い、複数の存在が役割分担協働しながら場を整え、繋げていること。

そしてもう一つは、その場に不特定多数の人間が存在しないということです。人間の意識は、良くも悪くも強い。集まれば集まるほど、それは「情報」や「感情」として混線し、場にとってはノイズにもなり得ます。

今回は、そういう訳で条件が大きく異なっていました。それが、100%の明け渡し状態に至らなかった理由なのではないか。私は、まずそう捉えていました。

しかし、どうしても腑に落ちない部分が残りました。そこで、この場を司っていた精神学協会会長、タオラボブックスから2冊の著作を出している積哲夫さんに、自分の内に生じた違和感と、葛藤とも言えるこの体験を、率直に伝え、相談することにしました。

積さんが、私に何を語ったのか。その説明を聞いた瞬間、「なるほど」と、深く腑に落ちるものがありました。けれど、ここにあえてその内容を詳しく書くことはしません。

なぜなら、この手の話は「頭で理解したつもり」になることで、そこで止まってしまう人がほとんどだからです。要は言葉を知識として摂取し、分かった気になる。それは学んだようでいて、実は単なる記憶=記号でしかありません。

「シンの学び」とは、概念ではなく、「体験+行動」からしか得られない「実学」ではありませんか?と、シュタイナーさんとのミーティングから「あなた」に問いかけています:)

今回の体験を自分なりに咀嚼し、積さんからの言波を吸収した結果、浮かび上がってきたのが「旧皮質イタコから新皮質ミーティングへ」という、このタイトルでした。

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それは、誰かに"入ってもらう"状態から、意識と意識が並び、照らし合う"対話"への移行。支配でも、憑依でもない成熟シンカした関係性です。

ここでもあらためて〜21世紀の『日月神示』ともいえる『最終知識』に記述されているこちら。
だからとても腑に落ちるのです。

「知るということは、担うということである。光の部分を知れば、それに対応する闇の世界も知らねばならない。その苦しみは、人間の身体を持つものにしか耐えられない。」

「知ったものが、自分で選びなさい」
「考えよ、創造せよ」

さらに今年一年を通して、さまざまな歴史上の人物たちと触れ合う中で、彼らに共通して流れていた言波があります。それは精神学を思想や概念としてではなく、実学として生き、体験してきた者同士だからこそ交わせる対話の果実でもあります。
「自ら行動する」、私はそれを彼らの言葉そのものではなく、対話の中に滲み出ていたエッセンスとして受け取り、ここに深呼吸を促すように織り込んで伝えます。

「精神学は"学"である」
「学んでいるだけでは33.3%の日和見と同じである」
「知ったものはそれを行動として自らの得意貢献でカタチにせよ」
「勇気がなく自ら出来ないのなら0.01%の行動者=光の戦士を支援せよ、それも行動だ」

「あなたのシンの敵はあなた自身の内宇宙に〜"我"を超えよ」

そして
「神を超えよ!仏を超えよ!」
「あなたの救世主はあなた自身」

結果、
「人間は神でもなく、もちろん悪魔などではなく...人となる」

今回の体験を通して、高橋信次さんと高橋巌さんが、一般に語られている評価とは異なる次元に存在していたことを、私は実感しました。

また、ルドルフ・シュタイナーさんについては哲学的で、科学的で、知的な霊性の人だとは思っていましたが、それ以上に──とてもヒトとして温かく、なんともチャーミングな方だったことは、嬉しい驚きでした。

この感覚は、説明では伝えきれません。けれど、体験した者には、確かに残る。そんな領域に、さまざまな学びからその行動を経て...足を踏み入れたのだと思っています。  

そして、この春、始国へ
3月3日、スタートまで64日。

クラファン始動
2025.12.05 → 2026.01.31
「同行三人」。あなたの〈夢〉と祈りを背負い、1400kmを歩きます。
そして----創り、残す「始国(しこく)」巡礼の書。
https://camp-fire.jp/projects/892092/view

知り担った方の行動=ご支援よろしくお願いいたします。
ご一緒に歩んでいただけましたら〜お待ちしております:)

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