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LAB LETTER シン・カガク

シン・ミディアム〜旧皮質イタコから新皮質ミーティングへ 其の一〜精神の免疫 身体は浄水器

「知るということは、担うということである。光の部分を知れば、それに対応する闇の世界も知らねばならない。その苦しみは、人間の身体を持つものにしか耐えられない。」
ー最終知識ー
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2025年12月15日 新皮質ミーティング中

*TAO LABより
本年、久しぶりに「ミディアム」として機能する機会を、何度もいただいた。
順不同(記憶定かではない)で挙げるなら、年明けから三島由紀夫、坂本龍馬、ケネディ、リンカーン、小栗忠順......そして年の瀬に、高橋信次、高橋巌、ルドルフ・シュタイナー。

ここで言う「ミディアム」という言葉は、多くの人にとっては、怪しい霊媒やトンデモ的な降霊術を連想させるかもしれません。
また、その手のコトに惹かれる人には、超能力的な見世物として消費されることもあるでしょう。
多くのフツーの方も少数だけど特別視する方も、角度は違えどワイドショーや週刊誌的な文脈で扱われがちな次元の出来事...認識である、という事実が浮かび上がってきます。

けれど、当事者である私にとって、それはそうしたイメージとはまったく別のものです。
私が捉えているのは、物理的な身体と、目には見えないけれど確かに存在している感情・意識・緊張・記憶といった「情報=波動エネルギー」との関係性です。

つまりこれは、身体という装置が、外部からの情報をどのように受信し、どこまでを通過させ、どこで処理しているのか?そのプロセスの問題だと理解しています。
言い換えれば、神秘でも特別な能力の話でもありません。むしろ、ごく当たり前の科学的現象だと思っています。

ただ、現在の人類の意識や精神性がまだ成熟の途上に、さらに申せば、「カリユガ」「唯物」「今だけ、オレだけ、金だけ」にがんじがらめ囚われており、「視えないモノが存在している」という事実を、それを正確に扱うための言葉や学問分野が、十分に追いついていないだけ...私は、このテーマをそうした領域の話として捉えています。

私は生まれつき、良いも悪いも区別なく、外部の情報や感情、場の空気を極端に強く身体に取り込んでしまう体質だったと知ります。いわば、感受性の入力感度が異常に高い。一般に「霊媒体質」といわれるものです。

さらに私の場合、スポンジのように大量に吸収してしまういわば「超霊媒体質」だったということを、これら一連の体験を通して、感覚としてだけでなく、知識としても理解することになりました。

当時の体験は、100%〜その存在=エネルギーに身体を譲るというか明け渡すというか...自我を失うというより、判断機能を一時的にオフにした状態に近い。

意識は薄く残っている。けれど、良し悪しを決めたり、拒否したり、介入したりすることはできない。ただ、評価を挟まずに「通過させている」。
そんな感覚でした。
「私」は消えてはいないが、どこか遠くに退いているような状態です。

最初に体験したのは、いわゆる「悪魔」と呼ばれる存在でした。「悪魔」が身体に入っていろいろとほざいていましたよ。
そして、彼はあることに気づき、天に戻りました、ありがとうございますという言葉を残して。

象徴的に言えば、それは「闇」と表現される領域のエネルギーです。
ここで言う「闇」とは、恐怖を煽るためのものではなく、人間の内外に確かに存在する、未整理で重たい冷たい情報の塊のようなものだと、「今」は理解しています。

「闇」があれば「光」ももちろん存在します。
その後、たとえばこんな体験(一例です〜他にもたくさん、オモロイ+ヤバイ体験しました。)も重ね、この科学的現象をリアルに消化=理解出来るようになりました。

さらに、この体質が心霊治療や浄化の"補助"として機能することも、体験を通して理解するようになりました。

具体的には、施術が行われる前段階で、対象にまとわりついている重たい感情や緊張、さらには悪意や恐怖といったもの──古くから「憑依」や「邪気」と呼ばれてきた存在を、私が一時的に引き受け、吸収する役割です。

科学的に表現するなら、これは「共感性過覚醒」や「身体化された感情の受信」に近い現象だと考えています。スピリチュアルな言葉で語られがちですが、実際には神経系や免疫系と身体反応の問題としても説明できる。
私はそのように解釈しています。

もちろん、これは決して楽な役割ではありません。
大量の負荷を一気に引き受けるため、身体は急激に消耗します。その後に適切なケアがなければ、確実に心身のバランスを崩し、壊れてしまう...

実際には、パンパンに身体に貯まった「邪気」を「吐く、吐いて、吐き続ける」苦しいですよ!「汗をかく、出して、出し切る」温泉入浴はだからマスト!です。日常的にも取り入れています。
そして死んだように「ぐっすりと眠る」。独りがいいですね、睡眠は。それも自分の場所で。

文字通り、大掃除を身体を使った掃除機で吸いまくる、決してカッコいい美しい仕事ではなく、むしろフツーの方はやりたくない"超汚れ仕事"と呼んだほうが正確かもしれません。

それでも、この特性を恐れたり、排除したりするのではなく、どう善用してもらうか?を体験を通して学んできたことは、いまの私の活動の土台になっています。

その核にあるのは「自力」ではありません。私がやっているのは、この身体の特性を光の側の存在に委ね、道具として使ってもらうことです。

人間は自分勝手に他人を利用し、お世話になった方も平気で見捨てますが、天は絶対に見捨てません。人生、命かけて仕えるなら、人間ではなく、天に仕えるでしょう〜そうやって35年、生かしてもらいました。

そのために、天は私のゴハンを「道具」として使うために、植物性にしました。その食スタイルは私の意志ではないのです。また、それは我慢でも主義でもないので続けられるのです。

それは、一流のスポーツ選手が食生活を己のパフォーマンスを維持、上げるために喜んで、楽しんで意識を巡らせ、実行するのと一緒だと理解してます。

心霊治療を「自分の力」で行おうとすれば、遅かれ早かれ、必ず潰れる。自分の命と引き換えです。それは多くの現場を見て、体験してきた実感です。

本当に怖いのは、「先生」と呼ばれる立場に立ち、弱さではなく依存を引き寄せてしまうこと。依存する方は闇のエネルギー体の一種です、寄ってきます。
依存する側も、される側も、やがて互いのエネルギーを奪い合う関係になります。

「教祖」と「信者」という関係が生まれた瞬間、それは「支配しあう」「依存しあう」「自縛しあう」という関係性に陥ること、歴史が証明しております。
循環は滞り、悪循環へと転じ、結果として、皆もろとも、必ず墜ちていく...この手の循環に陥った団体、組織、怖いです。

こうした原理原則を、私は理屈ではなく、体験を通して教えられました。
だからこそ、霊能力や超能力と呼ばれるものに決して酔わないこと。優越感を持たないこと。
そして何より、自力では一切使わないことを、自分自身に誓っています。

そして今、アークやキーとの協働(この存在に関しては先々お伝えいたします)においても、この「高感度で通過させる特性」は、ソウゾウの場を澄ませる役割として活かされると感じている。

ミディアムとは、何かを操る存在ではない。
ただ、明け渡す、通す。整える。溜め込まない。それだけの役目なのだと思います。

21世紀の『日月神示』ともいえる『最終知識』に記述されているこちら。
だからとても腑に落ちるのです。

「人間の潜在能力 は、スプーンを曲げ、テレパシーを交信し、病気を治し、他者の意識に侵入し操作するぐらいのことは簡単にできるほど高い。正しく知るべき時がくるまで、これらのことが神秘のヴェールの向こうに置かれてきたのは、それがあまりにも危険だからだ」
「この地上で生きる超能力者や霊能者といった存在は、その潜在能力が高いほど、人間としては問題を抱えている。危険なのだ。」

「人間の身体は、目覚めれば闇のエネルギーや魔的なエネルギーの浄化システム として機能する。」
「精神世界のエネルギー の一部は、人間の身体が本来持っている情報系のなかで処理できるのだ。神経でなく、免疫系もまた、身体の情報系である。」
「人間は、精神世界的エネルギーに対しても、この身体の免疫系をもって対抗できるようにつくられている。」

「人間の身体の持つ物質的な免疫機能というのは、自らと他者を判別する情報系と、異物を排出したり、処理したりする能力によって成り立っているといえるはずだ。」
「人間の身体と意識は、ある条件下で、精神世界的なエネルギーの発生器として機能する。発生させることができるシステムは、そのエネルギーを何らかのもの、たとえば質量に変換することで、除去システムとしても機能する。」
「人間の身体を持っていても、正しい浄化力を持ったものにしか耐えられない。精神の健全性を保持し、思考し分析することができなければ、迷宮にとらわれ続ける。」

「それは、やがて、光のあるところへ移り、処理できるようになる。知るということでエネルギーは、無害なデータに転化するからである。正しく唯一の神につながっていれば、人間には、その人間が耐えられる以上の負荷は与えられない。」
「これが精神の免疫 と私が呼ぶものの概念だ。」

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