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HOLY LIGHT シン・學

"内なるスターウォーズ" に勝利する羅針盤 その4 〜神でもなく、悪魔でもなく...「人」になる〜

*TAO LABより
「内なるスターウォーズ」の戦士になるということは、外側に存在する闇=悪を倒して、善=光になることだろうか?

"内なるスターウォーズ" に勝利する羅針盤 その3〜平和を訴える、その前に...戦場は自らの...内宇宙だ!〜の続きです。

どうやら、そうではない。
ここのところ、シンのロジカル=シン・學=精神学を通して届けられたとされる言波が、ひとつの方向を指している。

アロンの祭祀長からは、
「祈りの姿が糺されねば
如何なる祭祀も世を救ふこと能はざる」

平和を祈る、その「私」の内側は、本当に平和なのか?

そしてニコデモからは、
「メシアが1人ということはない。
あなた方のうちにメシアがあり」

そして、
「友よ」
弟子でも、信者でも、民でもない。
友。

救世主を外に待つのではなく、一人ひとりが自らの足で立ち、ともに歩く。

外なる神を求めるのではなく、
外なる救世主を求めるのではなく、
外なる教えを絶対化するのではなく、

自らを観る。
確かめる。
そして、自ら歩む。

「私の救世主は、私自身」
...とは、「私が救世主だ!」ということではない。
私の人生の責任を、私が引き受ける。
ということだ。

そして今回、ルドルフ・シュタイナーから届けられたとされる言波。

「神智」ではなく「人智」。

ここで、あらためて伝えたいのが、
「人間」
という日本語だった。

内なる光を「神」、内なる闇を「悪魔」とするならば、
人間とは、そのどちらでもない、神と悪魔の「間」に立つ存在とも観ることができる。

だとしたら、この世に人間として生まれた目的は、

神になることでも、悪魔になることでもない。
人間が「人」になること。

なのではないだろうか。

積哲夫さんと一緒につくった、
『日本人は救世主』
そして、
『神を超えよ!仏を超えよ!』
という二冊のタイトルも、今、一本につながって見える。

『日本人は救世主』
=「私の救世主は、私自身」

そして、
『神を超えよ!仏を超えよ!』
とは、神仏より偉くなれ、ということではない。

神を超えよ。
仏を超えよ。

神になるためではない。
「人」になるために。

TAO LABのキャッチコーピー「ヒト+ソウゾウ」とは
「人間の一人一人が、内なるシンセイを目覚めさせる新しい文化の創造」
のコトだ・

ここも取り違えたくない。
内なるシンセイ=神を目覚めさせるとは、
「私は神だ」と名乗ることではない。

自らの光を盲信せず、
闇を誰かに押しつけず、
その「間」に立つ自分を観ながら、自らの命を引き受ける。

人間 → 人=ひと=霊止 → 1+10=士(サムライ)
しかも、士にはゴールはない。
精進、シンカ、あるのみ。

だから「内なるスターウォーズ」のシンの勝利とは、
光が闇を倒すことではない。

神でもなく、悪魔でもなく、
人間が「人」になること、「士」を生きること。

その羅針盤は、やはりこれだ。

内なる光を盲信せず、
外なる闇を探さず、
観よ。確かめよ。そして、自ら歩め。

誰かになる必要はない。
あなたが、あなたになる。
そして、ともに歩く...

幸いなるかな、友よ:)

"内なるスターウォーズ" に勝利する羅針盤 その4 〜神でもなく、悪魔でもなく...「人」になる〜に続く...

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