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本日の一冊
萩尾望都 ポーの一族 前編 〜 永遠の少年たちは、どこから来たのか?
*TAO LABより
宝塚の観劇経て、久しぶりに、萩尾望都さんの『ポーの一族』を再読。
発表されたのは1972年から1976年にかけて〜1973年中学1年生から高校2年生にかけて、ちょうど思春期のときにほぼリアルタイムで読むことが出来た。
歳をとらないバンパネラ、エドガーとアラン。
1972年に始まったこの物語は、少女漫画という器の中に、愛、孤独、生と死、記憶、そして、永遠に生きるとは、どういうことなのか?...そんな問いを描き込んだ作品だった。
そもそも、どうしてこの物語は生まれたのか?
萩尾さんは服飾学校で西洋服飾史を学び、時代によって変化する衣装を描くことに惹かれたという。
ならば、死なない人間なら、いくつもの時代を生き、いろいろな時代の服を描ける。
一方で、最初に浮かんだのは夕暮れの丘に立つ少年。
子供なのに大人びて、どこか悲しい。
「美しくて悲しいバンパイアなら描ける」
そこからエドガーが生まれていったそうだ。
面白いのは、最初から編集部に歓迎されたわけではないこと。
萩尾さんは「ポーの一族」「メリーベルと銀のばら」「小鳥の巣」という三部作を構想していたが、担当編集者から長編は「まだ早い」と止められる。
ならば、と。
「すきとおった銀の髪」「ポーの村」「グレンスミスの日記」と、同じ世界の短編を先に描いてしまった。
さすがに編集者も気づく。
「これ、同じじゃないか!」
そこからようやく、本格的な連載への扉が開いたという。
今読むなら、画業50周年を記念して刊行された『ポーの一族 プレミアムエディション』上・下巻がいい。
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雑誌掲載時に近いB5判。現存原稿を改めてスキャン・修復し、カラーや予告カットなども収録した、まさしく「読む+観る」ポーの一族。
1.すきとおった銀の髪(『別冊少女コミック』1972年3月号)
1815年頃〜長い時を生きるポーの一族と、人間の時間が交差してゆく。
2.ポーの村(『別冊少女コミック』1972年7月号)
1865年〜グレンスミスがポーの村を訪れる。
3.グレンスミスの日記(『別冊少女コミック』1972年8月号)
1899年〜人間の世代が移り変わっていくことで、逆にエドガーたちの「永遠」が浮かび上がる。
4.ポーの一族(『別冊少女コミック』1972年9月号 - 12月号)
1879年〜エドガーがアランと出会い、メリーベルたちを失い、アランを一族へ。
5.メリーベルと銀のばら(『別冊少女コミック』1973年1月号 - 3月号)
1740〜1750年代〜エドガー誕生から、メリーベルとの幼年期、そしてバンパネラとなる原点へ。
6.小鳥の巣(『別冊少女コミック』1973年4月号 - 7月号)
1959年〜西ドイツのギムナジウム。ポーの中でも独特の閉ざされた時間。
7.エヴァンズの遺書(『別冊少女コミック』1975年1月号 - 2月号)
1820年〜1780年にオズワルド・エヴァンズが残した遺書から40年。記憶を失ったエドガーと、彼を取り戻そうとするメリーベル。永遠を生きる兄妹と、人間の家系を流れる40年の時間が交差する。
8.ペニー・レイン(『別冊少女コミック』1975年5月号)
1879年〜雨の街で出会うエドガーとアラン、そして人間の少女。永遠を生きる者にとって、一瞬の出会いとは何なのか。 ポーらしい儚さを凝縮した一篇。
9.リデル・森の中(『別冊少女コミック』1975年6月号)
1879〜1887年〜幼いリデルの記憶に残る、歳をとらない二人の少年。人間だけが成長してゆくことで、エドガーとアランの「止まった時間」が浮かび上がる。
10.ランプトンは語る(『別冊少女コミック』1975年7月号)
1966年〜エドガーたちを直接追うのではなく、彼らを目撃した人々の記録と記憶から、その存在へ迫ってゆく。ポーの一族が「物語」から「伝説」へ変わってゆくような一篇。
11.ピカデリー7時(『別冊少女コミック』1975年8月号)
作中に舞台年代が明記されていません。萩尾望都作品目録でも「年代がまったく出てこない」とされ、内容から『小鳥の巣』(1959年)周辺ではないか、と推測。
12. はるかな国の花や小鳥(『週刊少女コミック』1975年第37号)
20世紀初頭?/年代未確定〜過去の恋を胸に生きるエルゼリと、彼女に惹かれてゆくエドガー。歳をとる人間の愛と、歳をとらない者の孤独が静かにすれ違う。
13.ホームズの帽子(『別冊少女コミック』1975年11月号)
1934年〜ロンドン。伝承を追うジョン・オービンがエドガーと出会う。ここから**「ポーの一族を探す人間たち」**というもう一本の時間が、物語の奥で動き始める。
14.一週間(『別冊少女コミック』1975年12月号)
1959年頃〜- エドガーが留守の一週間、アランの日常を描く16ページの小品。壮大な永遠の物語の「あいだ」に挟まれた、歳をとらない少年の、なんとも愛らしい一週間。 萩尾望都作品目録
15.エディス(『別冊少女コミック』1976年4月号 - 6月号)
1976年〜旧シリーズの終点。アラン消滅。エドガーも姿を消す。
物語の時間軸では1740年代から2016年へ。
でも、主人公たちは、時間の外側にいる。
人は生まれ、歳をとり、死んでゆく、街も、時代も、世界も変わってゆく。
けれど、エドガーとアランは歳をとらない。
だから物語も、時間を一直線には進まない、過去へ行き、未来へ行き、また過去へ。
時間を超えて生きる者たちを描くために、物語そのものが時間を超えてゆく。
今回の始まりの國四国の旅と一緒です、マワリテメグル旅は時空を超える:)
70年代の頃の絵が、コマ割り+背景デザインとともに僕はやっぱり好きだ。
青い春、中二病...過ぎ去った当時の自分の思春期と「今」が重なるのか、、、キュンとする。
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細い線。
少年たちの透明感。
花。瞳。衣装。
そして、余白。
止まった絵なのに、そこに時間が流れている。
時が描かれているのに、そこに現れているのは「永遠の今」。
エドガーたちは歳をとらない。
けれど周囲の人々は老い、死に、時代そのものが彼らを追い越してゆく。
だからこれはヴァンパイア漫画というより、「時間」を描いた漫画なのかもしれない。
そして1976年、「エディス」を最後に、彼らは僕たちの前から姿を消した...
まさか...40年間も。


