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LAB LETTER

1945年の敗戦から81年、それは1926年から始まっていた母国の100年戦争の終わりでもある...このタイミングで栗林忠道中将の通信が届いたよ!

*TAO LABより
終わりの始まり〜今此処、あちらもこちらも:)


精神界は百年間、世界の闇と戦っていた

1926年大正から昭和へ〜その後の大東亜戦争太平洋戦争が1945年を持って終わったということになっていますが、実は続いており、本年2026年夏、この百年戦争とも呼ぶべき戦いがシンにおわったとのことです。

「敗戦から八十一年目の二千二十六年が、精神界にとっての終戦の年となることが、あらかじめ決まっていたのは、それが昭和元年の千九百二十六年からの百年目であるためのようです。同年の十二月二十五日に大正天皇が崩御され、昭和元年は五日ほどしかありませんが、昭和二年には、アメリカの千九百二十九年の大恐慌に先立つ、日本発の金融恐慌が起きました。そして、千九百三十一年の満州事変、千九百三十七年の支那事変、そして、千九百四十一年には、対米英開戦という戦争への道を日本はひた走ったのです。その大東亜戦争の最大の激戦地が硫黄島で、その司令官であった栗林忠道中将から、やまと歌が届きました。日本にとっての戦争の世紀が、今年、やっと終わるのです。この先にあるのは、第三次世界大戦への道なのか、どうかが、これから問われることになります。」
七月三十日 積哲夫

個人的に大いに納得、共感する見立てです。
そして、その結果としてこの方よりこの通信が硫黄島より...


霊声 硫黄島で第一〇九師団を率いた栗林忠道中将より

2026/7/21 (火) 10:57
さき ゆかば
もろともに 死す
さきぶねの
このひ あのひの 硫黄島
兵(つわもの)の 玉の灯(ともしび)
はかなくも

げに われのみとも
はげしきは
しま ふるさとの
ははこのためなり
<栗林忠道>

※死に向かうときに、辞世の句を残せなかったので、今、このうたを残します、ということで、うたをお預かりしました。

とのこと。

感動しました、この通信。
さらに上記ラジオにはその続きが...当たり前の「情」持っている方でしたら嬉し涙ジワッと〜先月のこちらの個人的体験も踏まえ〜あらためて良かった!ホントに良かった!!

お帰りなさい!!!
真にご苦労さまでした!!!!

靖国に帰還した英霊のみなさまへ
母国日本、トホホの現在の私たち日本人ですが、何卒、このタイミングであらためて12000人の日本人がシンに自らの天命に目覚めるために、それは私自身が目覚めるということです。どうか、そのための「勇気」と「試練」をお与えください。

終わりの始まり〜さてさて、私はこれ始めます。

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