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LAB LETTER

1の巻 7月16日の出来事 花のお江戸が穢土へ 〜 英霊たちへ、いまを生きる私たちから。

*TAO LABより


...穢土(えど)とは、煩悩や欲望によって汚れきった、苦しみに満ちたこの現実世界(娑婆世界)を指す仏教用語です。清らかな悟りの世界である「浄土」の対義語として用いられます。

2026年7月15日
<白澤秀樹より若崎晃子さんへ>
「明日は高知友人となった方のお江戸セミナーに誘われ。
さらに靖国ミタママツリ誘われたので、当初、行くつもりなかったけどここの所、SHINMON25SHINMON26等で先の大戦関係の投稿多いので急遽、カラダ持って行くこととしました。
若崎さん〜何かありましたらご指示くださいませ。」

若崎さんは、先の「始国マワリテメクル旅」のときも、高次の次元から届くと感じるメッセージを受け取り、必要に応じて私へ届けてくださった方です。

私自身、これまでの人生を通して、さまざまな形で不思議なメッセージや導きに触れ、それを伝えてくださる多くの方々と出会ってきました。

一方で、このようなメッセージの世界には、自らの思い込みや願望を真実だと信じ込んでしまったり、時には悪意ある存在に利用されてしまったりするケースがあることも知っています。だからこそ、私はどんなメッセージであっても、そのまま鵜呑みにすることはありません。

大切にしているのは、必要、可能なら、自分自身の身体をその場へ運び、この目で見て、この心で感じ、確かめることです。

そのうえで、若崎さんからの言葉には、いつも静けさと品位、そして私利私欲を超えた無私なるものを感じています。文面から伝わる気配に、私は深い信頼を寄せています。

だからこそ、信頼しているからこそ、今回もまた自分の身体を靖国へ運び、自ら感じ、自ら確かめたいと思いました。
で、届いたメッセージはこちら。

2026年7月16日
<靖国英霊及びこの国にて無念な思いをもつ者>
「この国の行く末を
おもわば
慰めに興じておる
ひまなどないわ

我らがありし日の
御身に受けたる
軍国の
志(し)をば 持ちたりて
生くることこそ
誉れなれと
真に思いていたなれど

賢しらな者どものにあふれた
今 この国
何者の手の内にて
朽ちゆかんとしておるか

ああ
我らの命も
大層
軽々しくなりぬ

揺れ動く
この地 
いよいよに

まかりとうせぬ
ことに溢れゆく

何を持ちて 
生きておられるのやら

生き様の奥にみえるは
光か闇か

我は何も
悪くはないと
人にあやまちをおきて
生くるもの

深き地の底に
導かれまし

このままでは
すませぬ」

とともに
若崎さん個人よりいただいたメッセージ

若崎晃子さんより白澤秀樹へ>
「白澤さんへ
まず 東京が呪霊都市となる〜という予告はご存知でしたでしょうか。

このたび
靖国神社英霊様に意識を向けさせていただいておりましたが
とてつもない数の方たちの
今の日本人へ、精神学を学んだ者、まつりぬしに対しての言葉が、胸に染み入りました。

この方々に対しての言葉など見つかることなど まずありません。

Sさんにお伺いしたところ

神様から 日本国民に対し「呪っても良い」という...許可が降りたということです。
呪霊の取り方を、Sさんが今、研究して下さっています。

とりあえず
"私にできることがありましたら 御心のままにお伝え下さい"
と言え。
ということです。

"白澤さんは大丈夫でしょうか?"
とお伺いしましたが

"奴は大丈夫だ 色んな者がくっついてくるだろうけど。"
ということです。

本格的に呪霊都市が始まりました。
軽々しく行くにあらず。」

で、下記、二通は同日に別の方に届いたメッセージ。
こちらも送られてきました。

2026年7月16日14:50~
< ある悪魔 >
「この国の死者たちが呪霊となってこのクニに帰ってきた
東京は呪霊都市になると予告された通りのことが起きている
呪霊たちが 人々に祟り始める
呪怨の世界が東京にかかる
悪魔の魔界都市から呪霊都市に穢土(エド)が変わる
恨みを買ってきた人々 心当たりのある人々
心の用意は できておりましょうな?」

2026/7/16 15:40~
<艮の金神・大山咋神>
「この世の側にいくら言っても人間はそよ吹くどこ吹く風と知らぬ顔
知らぬ存ぜぬ貫くのであれば実地に見せてしんぜよう
神の祟りより よほど霊の呪いがこわいのだろう?
神より霊は理不尽じゃぞ
この世の恨み 果たしてよいぞと神許すぞ
この世の栄華を人死にの上に築いてきたものどもよ
この世の終わりはじめじゃから
腹の緒を括りて かかってござれ
泣いて詫びても
神は知らぬ
霊は許さぬ
知らぬフリを始めにしたのは其方らだぞ」

7月16日、夜、みたままつり最終日。
32年前から先の大戦の苦しみ怨みに少しでもお詫びしようと鎮魂の旅を国内外独り、続けてきました。その日、不思議な巡り合わせなどではなく、だからこそ、必然的に上記メッセージが私のもとへ届いたと確信してます。

Sさんのこの言葉
"奴は大丈夫だ 色んな者がくっついてくるだろうけど。"
はその結果だと判っております。
ホント、この後、色々と大変ではあります〜でも、知ったからには行動。道具として使ってくださいと、それなりに生きてきました。

英霊、悪魔、神〜これらのメッセージを抱き、いざ、靖国へ。
いや〜この送られてきた三通の文面、ドラマの笑えないイントロとしての掴み、なかなかのスタートです。

そこで繰り返し流れてきたことは、一つの問いでした。
「今を生きる私たち日本人は、命の重さを本当に受け継いでいるのか。」
私は歴史を裁きたいわけではありません。
誰かを責めたいわけでもありません。

ただ、ひとつ感じたことがあります。
戦争の時代を生きた人たちは、それぞれの立場、それぞれの信念、それぞれの家族や母国への想いを胸に、命を投げ出し、この世を去りました。
その願いのすべてが叶えられたわけではありません。

夢半ばで倒れた人もいるでしょう。
自らの意思ではなく命を亡くした方も。
戦闘ではなく、饑餓で。
原子爆弾により一瞬で命を奪われた方も。
また、その後も苦しみながら亡くなった方も。

その「無念」は、歴史の教科書だけでは語り尽くせないものです。

靖国で、私は独りになり、静かに手を合わせました。お祭りを皆で楽しむ気分になぞ、到底なれません。

最初に浮かんだ言葉は、お礼ではありませんでした。
「申し訳ございません...御免なさい...すみません。」
というお詫びの言葉でした。

皆さまが命を懸けて未来へ託した願いを、私たちは十分に受け止めてこられたでしょうか。
同じ過ちを繰り返してはいないでしょうか。
争いを別の形で続けてはいないでしょうか。

その問いが、自分自身へ返ってきました。
そこで私が祈った言葉があります。

「英霊の皆さま。
これまでこの国を支え、護り、未来へと想いを託してくださったことに、心より感謝申し上げます。
私にできることがありましたら、どうぞ御心のままにお伝えください。
私自身の願望ではなく、この国と人々、そして未来に必要なことであるならば、その声に静かに耳を澄ませ、一歩ずつ行動してまいります。」
全文はこちら

祈りとは、願い事ではありません。
生き方を問われる時間なのだと感じました。

翌日の体験に続きます。
...2の巻 7月17日公開初日 アニメ『君と花火と約束と』英霊たちと鑑賞:)

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