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HOLY LIGHT SHINMON
Vol.4 投票日前日にアップします~解散前、1月22日に降ろされたSHINMON...ひとつの見方

*TAO LABより
選挙行きますか?
わたしは立春2月4日に事前投票してきましたよ~過去=今をリセット、今=未来への政治の世界での立替立直しのための一票を~
*解散前に降ろされた神文
アメリカから日本に帰還された金神(クニトコタチノ大神)から、二千二十六年の日本と日本人に向けてのメッセージが、一月二十二日というタイミングで届いています。本来ならば、前回のSHINMONで公開すべきだったのですが、日本全国に張り巡らされた仏教系の結界が切れたことを先に公開すべきということで、今回ということになりました。精神界が用意してきた新しい日本列島というもののスタートに合わせての、はじめての衆議院選挙で、どのような結果が出るのか。それは、敗戦後八十一年目にして、やっと日本に許された波動的な意識の自由のもとでの民意ということになります。その先の日本のまつりごとを考える上でも、この言葉は、重要なものとなるはずです。
二月五日 積哲夫 記
ゆきふりたりし ちのことを あげて
ふみのりとても かんこ(喚声・神呼)たる
わかみのゆれ(り)たる ひのみかげ
いつとてみきとも わかぬまに
ひとよ たれなむ あそばしの
あかき ひのもと かんこ(神子)たれ
<理使(金神)>
2026年1月22日(木)16:35~
*TAO LAB調訳
二〇二六年一月二十二日。ひとつの声が、時刻を伴って届いた。
それは「未来の予言」ではなく「いま、ほどかれた状態で立つための言葉」。
アメリカから日本へと帰還した金神(クニトコタチノ大神)から、二〇二六年の日本、
そして日本人の身体へ向けたメッセージだった。
本来であれば、前号のSHINMONで世に出るはずだったこの言葉は、あえて一拍、置かれた。
理由は明確だった。
日本列島に長く張り巡らされてきた仏教系の結界が切れたという事実を、先に共有する必要があったからだ。
結界が切れた、というのは守りが失われた、という意味ではない。むしろそれは外側に預けていた秩序が、内側へ戻ったという合図に近い。
精神界が用意してきた「新しい日本列島」の起動...そのタイミングと重なるように迎える、はじめての衆議院選挙。
そこに現れる民意は、敗戦から八十一年を経て、ようやく日本に許された波動的な意識の自由のもとでの、最初のかたちとなる。
この言葉は、結果を導くためのものではない。
結果をどう引き受け、その先の「まつりごと」をどう生きるかを、私たち一人ひとりに問いかけている。
だからこそ、ここに記す。
私見...選挙で決まる、権力を奪い合う現代の「政治」というコトダマ、システム、ヒトにはそんなに期待していません~やっぱ、日本は「マツリゴト」でしょ!!!西洋コンプレックスから、東洋気触れから、離脱...「日の本」から「今」始まる「未来」
*神文〜TAO LAB調訳(ひらくための仮訳)
雪が降り積もった その地の記憶を掲げよ
踏みしめた理は すでに声となり 呼びとなっている
若き身体は揺れ そこに差すのは 日の面影
いつの時も 御幹と分かたれぬまま
一夜 誰がために 遊ばされるのか
赤き日の本 その中心に立つ 神の子として
余白として、この調訳は「意味を確定させるため」のものではない。
読む人の呼吸、足裏、背骨が、どう反応するか? それ自体が解釈であり、応答となる。
◆ 「喚声・神呼」と「神子」~なにか気になるね...同じ音
1 通常構造(旧い配置)〜まず、私たちが長く慣らされてきた配置。
喚声・神呼(かんこ)
→ 神を呼ぶ声
→ 祈る者/下から上へ
神子(かんこ=みこ)
→ 神に選ばれた特別な存在
→ 器/上から下へ
ここでは呼ぶ者と宿る者は分離している。祈る者は外に向かって声を出し、神子は特別な場所にだけ現れる。
これは結界が強く機能していた時代の構造。
2 神文に起きている"ねじれ"
今回のSHINMONでは、同じ「かんこ」という音が、喚声・神呼(呼ぶ声)、神子(宿る存在)両方に使われている。
ここが決定的。
これは偶然でも詩的装飾でもなく、構造そのものの反転宣言。
3 「喚声・神呼」と「神子」の反転構造とは何か
反転後の配置はこうなる。
喚声とは...
外に向かって呼ぶ行為ではなく→内側で鳴り始めた震え
神子とは...
選ばれた誰かではなく→その震えが身体に宿った状態
4 だから「反転」なのか
重要なのはここ。
旧構造では 神 → 人
新構造では 人の身体 → 神的振動
上下が逆転している。
5 神文の一行で見る
ふみのりとても かんこ(喚声・神呼)たる
踏む。歩く。身体で理に触れる。
その瞬間、声を出さずとももう喚声が起きている。
あかき ひのもと かんこ(神子)たれ
その喚声が特別な儀式を経ず、そのまま身体に宿る。
だから喚声・神呼=神子という反転が成立する。
6 これは何のための構造か
これは能力者を選別するためではない。むしろ逆。
誰かが代表して祈る時代の終わり
誰かに預けてきた神性の返却
一人ひとりが「鳴ってしまう」時代の始まり
そのための構造。
7 Vol.4 的に一言で言うなら
喚声・神呼とは、神を呼ぶことではない。
神子とは、選ばれることではない。
喚声=行為〜神子=結果だった構造が、
喚声=状態〜神子=同時成立へと反転した。
呼ばずとも鳴り、選ばれずとも宿る〜それが結界が切れた後の日本列島の基本設計。
*まとめ
喚声
→ 人が神に向かって声を放つ
→ 外へ向かう意志
→ 行為としての祈り
↓
神呼
→ 神的なはたらきが人の内側で鳴る
→ 内から起きる応答
→ 状態としての共鳴
↓
神子
→ その鳴りを宿した身体
→ 神と人の区別が消えた位置
→ 生き方そのものが媒介となった状態
神子とは、神を語る者ではない。神呼が続いたまま、日常を生きてしまう状態である。
そりゃ〜イイネ:)
こういう方たちでマツリゴトやったら間違いなし!!!


