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『四国88ヵ所歩き遍路の記 vol.6』発心から修行の道へ 坂本龍馬
【四国88ヶ所歩き遍路】
本日から3月3日スタートまで42日
【クラファン始動】
2週間切りました〜1/31にまで
同行三人。あなたの〈夢〉と祈りを背負い、1400kmを歩きます。
そして----創り、残す「始国(しこく)」巡礼の書。
https://camp-fire.jp/projects/892092/view
「お足集め」苦戦しております〜一歩一歩、「始国旅+本」の歩みは止めませんが、皆さま、何卒、よろしくお願いいたします。
*四国88ヵ所歩き遍路の記
徳島。この旅でいうなら、「阿波=発心の道」の最後の日だった。
Vol.2にも記した通り、この旅の食はすべて自炊。玄米菜食一号食に近い、できるだけ削ぎ落としたゴハンと定めていた。携帯電話もネットもない時代。唯一の通信手段は、公衆電話だった。
三日に一度、電話で当時の彼女と短くすり合わせる。すると指定した場所に玄米のおにぎりが三日分、きちんと届く。それは「食」というより「心」そのものが届く感覚だった。
その日は私の誕生日と重なっていた。
宿に着き、預けられていた包みを受け取とった。
包みの中には、いつものおにぎりに加えて、一通の手紙と、ささやかな贈りものがそっと添えられていた。
その少し前、私は寺の境内で、情けなく、不甲斐なく、ひとり泣き崩れていた。
宿に届いていた荷物をほどき...その手紙を読んだ瞬間、私はまたしても独り、じわりと涙が溢れてきた。
けれど、その涙は先ほどのものとは違っていた。
胸の奥に長く溜まっていた、言葉にならない塊を、そっと包み、ゆっくりと溶かしていくような涙だった。
泣くことで、何かが癒えていく。そんな実感をその「心」は届けてくれた。
こうして、阿波=徳島「発心の道」は、静かに終わり、そして──土佐=高知、「修行の道」へ。
四国のこの地図を、少し眺めてほしい。
この広がりの中へ、私は、たった独り...引き続き歩き出した。

高知県は、東西に長く伸びる四国の南部に位置し、太平洋から四国山地の尾根までをその懐に抱く土地だ。
一般には「海の国」というイメージが強いが、実際に歩いてみると、その正体はむしろ海際まで山が迫る、典型的な山国であることに気づかされる。
可住地面積はわずか16%。これは全国最小値。
山地率は89%で全国一位。全国平均66%と比べても、その数字はこの土地の険しさを静かに、しかし雄弁に物語っている。人の暮らしは、山と海のわずかな隙間に、折り畳まれるように置かれているのだ。
高知に入って、まず身体で感じたのは──海岸から見える「水辺線」の、圧倒的な大きさだった。
視界の端から端まで、遮るもののない水平線。山を背にしながら、それでもなお広がり続ける海。
幼い頃の坂本龍馬が、この海の向こう側に何があるのかと、胸を騒がせた理由が、歩きながら自然と腑に落ちた。
なぜなら、私自身もまた、熱海の山の上にあった小学校で育ち、そこから水平線を見下ろしていたからだ。
あの景色が、私はたまらなく好きだった。ちょうど、お日さまが昇る方角。
その海の向こうは、どうなっているのだろう?まだ知らない世界が、その向こうには沢山ある〜知りたい。行きたい...胸の奥が、理由もなくワクワクと高鳴っていた、あの感覚。
高知の海は、その記憶を何倍にも引き延ばしてくる。スケールが、まるで違う。太平洋は、ただ広いのではなく、人の想いを外へ外へと押し出す、力を持っている。
この県の海岸線は、およそ七百キロ。数字にすれば一行だが、山を巻き、岬を回り、ジグザグに歩けば、その道程は果てしない...
修行の道で、強く記憶に残っているのは、そんな坂本龍馬*の心象風景を、ほんの一瞬にして、自分の内側に重ねて見たこと。さらに昨年、自らの身体に彼の魂が入ってきたので、なおさら、「今此処」記しているこの記憶がリアルに感じる。

そして──この先に待っていた、もう二つの体験の記憶...まだ、足は治っていない...
坂本龍馬*
公式に本人と認定されている6種類の古写真を基に、産毛や表情の変化、肌への光の当たり方など緻密にCGで造形した顔と、1万以上の骨格と声のサンプルを基にAIが顔・骨格・年齢などの情報から坂本龍馬の声の特徴を推定して生成した声など、最先端テクノロジーを駆使して、現代によみがえった「リアル龍馬」が生々しく躍動する。
この映像からあらため『天から授かった己の知を開かんといかんがぜよ』という言波に乗り、一歩一歩「始国プロジェクト」引き続き、歩んでいきます。
この映像リスペクト!ヤクルト+デジタル・フロンティア+ORENDA WORLD、ありがとうございます:)


