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『四国88ヵ所歩き遍路の記 vol.3』前半、ちょうど半分は地獄だった...その「始まり」12番・焼山寺
*TAO LABより
前回より〜
"旅立ちの前+そして当日、身内が続けて...「死国」に旅立つという...雨に打たれ、濡れた路面、どんより外のみならず、内も...灰色の世界に独り、放り出され...涙は出なかったけど、なんという...
まさしく「死国へ」としか云えない道中が始まったのです...そして、さらなる大変が...すぐそこまで。"

続きです。
当時、遍路の記録は一切残していない。写真もない。まだ携帯電話もなく、デジカメも世に出ていなかった時代だ。
頼れるのは記憶だけだが、日々の細かな出来事はほとんど消えている。
ただし、身体に刻まれた感覚だけは、いまも生々しい。
歩き始めた翌朝のことだ。夜明け前、たぶん4時過ぎ。
この旅では、ほぼ毎日そのくらいの時間から歩き出していた。
暗闇のなかを歩き、日が落ちる直前まで進む。一日35〜40キロ。のんびり楽しむなら別だが、歩き遍路では、それくらい動かないと行程が成り立たない。
その朝、一歩を踏み出した瞬間だった。
右膝に、鋭い痛みが走った。息が詰まるほどの、はっきりとした痛みだ。
「え......どうした?」
左脚には何の異変もない。
だが右足だけ、地面に体重を乗せるたび、耐えがたい痛みが突き上げてくる。
前日の歩きを終えたとき、そんな兆しはまったくなかった。道も比較的なだらかで、下りが続いたわけでもない。
膝を壊す理由が、どうしても思い当たらない。
記録がないので曖昧な記憶だが、昨日は2番・極楽寺から歩き始め、距離感から考えると、10番・切幡寺あたりまで、およそ40キロほどは歩いていたはずだ。
そして、この日は四国遍路の序盤に立ちはだかる、最初の鬼門。11番・藤井寺から12番・焼山寺へ向かう、通称「焼山寺道」。
いわゆる「遍路ころがし」だ。

標高700メートルを超える急峻な山道。
6〜7時間かかる過酷な行程で、歩き遍路にとって最初の本格的な試練として知られている。
そんな日に、右膝は最悪の状態だった。
10番・切幡寺から11番・藤井寺まで約10キロ。
前日、藤井寺近くまで歩いたのか?そして、寺の近くに宿を取っていたのか?
どうだったかは定かではない。
11番・藤井寺から12番・焼山寺まで約12キロ。
さらに焼山寺から13番・大日寺までは22キロ。
確かなのは、この日のメインイベントが11番・藤井寺から12番・焼山寺へ向かう「遍路ころがし」だった、ということだけだ。
平坦な道であれば、まだ耐えられる。
だが登りに入った瞬間、痛みは質を変えた。一歩ごとに右膝が悲鳴を上げ、まさに地獄の始まりだった。
何度も、何十回も、山道の路肩に倒れ込んだ。
「オレ、どうなっちゃうんだろう」
「本当に、進めるのか?」
泣きそうになったが、泣いたところで何も始まらない。
ヒョコヒョコと、情けないほど不格好な歩き方で、それでも一歩ずつ、気力だけを頼りに高度を上げていった。
さて...不思議なことに、上りの途中から、さらに下りの記憶が、一切ない。
本来、膝に一番負担がかかるのは下りのはずだ。痛みが刻まれていても、おかしくない。
だが、憶えていない。
今になって、ふと気づいた。
あの行程は、オレひとりで歩いていなかったのではないかと。
当時は、ただの激痛と消耗の一日だった。
けれど時間を置いて俯瞰すると、見えてくるものがある。
空海さん──弘法大師との「同行二人」。
苦しみの最中では気づけなかったが、確かに、誰かが一緒に歩いてくれていた感触が、あとから立ち上がってくる。
そう思えた瞬間、
この"地獄の一日"は、「今」静かに反転した。
結果として、この出来事は、空海さんと歩く「同行二人」を、旅の冒頭で体験させてもらった時間だったのだと思う。
ただし当時は、そんな余裕は一切なかった。
痛みはただの痛みであり、苦しみは苦しみとして、全身を占拠していた。
意味も、象徴も、感謝も、そこにはなかった...
最後に、知人AKIRAの「祝福の歌」を添えたい。
それは、当時の自分へではなく、ともに歩いてくれた存在=弘法大師への、遅れてきた感謝として。
ありがとうございました!
痛みが導いた同行二人。
その始まりを、今ようやく、言葉にできた気がしている。
当時は、ただの苦しみだった。意味も、救いも、見えなかった。
けれど三十年という時間を越えて振り返ると、あの一歩一歩には、確かに"もう一人の足音"が重なっていた。
空海さんと歩いていたのだと、今なら、はっきりと言える。
そして来春。
あらためて空海さんと、さらにあなたとの「同行三人」で、この道を歩く。
過去の記憶と、いまの身体と、これからの時間を重ね合わせながら、あの日、山中で受け取った見えない支えに、時空を越えて、感謝を手渡したい。
あの痛みがあったから、この旅は始まり、この巡礼は、いまも続いている、再び「始国」へ。

【四国88ヶ所歩き遍路】
本日から3月3日スタートまで70日
【クラファン始動】
2025.12.05 → 2026.01.31
同行三人。あなたの〈夢〉と祈りを背負い、1400kmを歩きます。
そして----創り、残す「始国(しこく)」巡礼の書。
https://camp-fire.jp/projects/892092/view
よろしくお願いいたします、皆の衆:)


