MAGAZINEマガジン

連載

本日の一本

KAMIは、森に降りる 〜 『カンターラ 神の降臨』から失われた約束を観る。


『カーンターラ 神の降臨』特別映像 儀式篇

*TAO LABより
南インドから、なんとも興味深い映画がやって来た。
『カーンターラ 神の降臨』。

2022年にインドで公開され、驚異的なヒットを記録した作品が、2026年、日本でも公開された。
監督・脚本・主演はリシャブ・シェッティ。

...題材となっているのは、南インドの沿岸地域に古くから伝わる神降ろしの祭礼「ブータ・コーラ」。
色鮮やかな装束、独特の化粧、太鼓、歌、踊り、そして咆哮。
そこには、KAMIを遠くから拝むのではなく、人の身体を通して、その存在を迎えるという世界がある。

物語の舞台は、神秘の森に囲まれた村。
かつて王がKAMIとの約束によって村人たちに与えたとされる土地をめぐり、村人、地主、森林局の思惑が交錯する。

森を守るとは、どういうことなのか?
土地を所有するとは、どういうことなのか?
そして、そもそも人間に、大地を所有する権利などあるのだろうか?

ここに、この映画の面白さがある。

近代社会では、土地は所有され、境界線が引かれ、法律によって管理される。また、そこに暮らす人々が金のため、無知のために母ともいえる大地から過度の搾取=循環の輪を破壊してしまったことも事実だ。

かつて人々は、森にも山にも川にも、人知を超えた存在を感じ、その恵みと畏れのなかで暮らしてきた。

この感覚は、日本の八百万のKAMIにも、どこか通じるものがある。

もちろん、インドのブータ・コーラと日本の祭礼は、それぞれ異なる歴史と文化を持つ。
それでも、自然と人間を切り離さず、その「あいだ」に見えない存在を感じるという世界観には、響き合うものがあるように思う。

そして、もうひとつ興味深いのは、「降臨」という言葉。
KAMIは、いったいどこから降りてくるのだろう。

天からか?
森からか?
それとも、人間の内宇宙の奥深くからなのか?
科学か、宗教か?
信じるか、信じないか?

そんな二者択一だけでは捉えきれない、人類が長い時間をかけて受け継いできた体験と記憶がある。

『カーンターラ』は、その世界を単なる民俗資料としてではなく、アクションとサスペンスに満ちたエンターテインメントとして描き出す。

KAMIとは何か?
人間とは何か?
そして、人間は何を忘れてしまったのか?

森に降りるKAMIを通して、そんな問いを投げかけてくる一本。
映画を観終えて、僕のなかに残ったのは、ひとつの問い。

KAMIが降りるとは、外から何かがやって来ることなのか?
それとも、自分自身の内宇宙に眠る何かが、目覚めることなのか?

僕は、後者にこそ、これからの人間のシンカへの扉があるように想う。

降臨とは、内宇宙の目覚めなのかもしれない。

インド、やっぱり、たまらなく......大好きです:)
今はハワイへの共振が少し薄れていますが、インドとハワイ、日本人であり、アイヌの血を四分の一受け継ぐ僕にとって、特別な地。
なぜ、これほどまでに惹かれるのか?

最近はそこにギリシャへの想いが大きく膨らんでいます〜その答えもまた、自分自身の内宇宙に存在しているのでしょう。
身体、持って行きたい場所のひとつです。


前日弾となる続編『カーンターラ 炎の決戦』

〜この秋、公開されたとのこと。まだどこかでやってるかな?観たい!!!

NEXT

PAGE TOP