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2026459318855392 回顧

31年振りの祓月三月三日雛祭 Vol.1

● 1995年3月3日 → 2026年3月3日。
31年前と、同じ日だった。

1995年3月3日。
東京・晴海から船に乗り、四国へ向かった。
この時の遍路の前半は、自分にとって、まさしく地獄のような旅だった。
『四国88ヵ所歩き遍路の記 vol.2』〜まさしく...「死国旅立ち」のはじまり
『四国88ヵ所歩き遍路の記 vol.3』前半、ちょうど半分は地獄だった...その「始まり」12番・焼山寺
いや〜お陰さまで身体も心も、容赦なく削られましたよ。

それなのに不思議なことに、旅を終えて少し経った頃には、
「30年後、65歳になった時、
もう一度、同じ3月3日から歩こう」
と決めていた。

なぜ、あれほど苦しかった旅を、もう一度歩こうと思ったのか?
今振り返っても、理屈だけではうまく説明できない。

ただ、その想いは消えることなく、30年という時間の底を流れ続けていた。

そして、30年後......ではなく、31年後。
2026年3月3日。
一年遅れた、ともいえる。
けれど今は、この「31年振り」という時間も含めて、2026年だったことがバッチリだったのだと受けとめている。


旅立ちの朝〜オリジナルの笠には「同行皆衆 459」と描かれている。
前回空海さんとの「同行二人」から今回空海さんとGO-ENある方がたと「同行三人」へ、、、
そしてこの旅が終わったら...GO-EN-GOする同士たちと「同行皆衆」掲げ、歩むために。

2026|459|31|88
2026年。
459=四国、死国、そして始国。
31年振り。
八十八ヶ所。

今回の旅を刻む数字、20264593188。
実はこの数字には、まだ別の意味も重なっている。
それは今、ここではひらかずにおこう。

さらに55392...「同行皆衆」とともに:)

今回も当初は31年前と同じく、晴海から船で四国へ入る計画だった。
同じ日。
同じ海。
同じ四国へ。

しかし、旅立ちを目前にして、そのルートは変わった。
海路ではなく、陸路。車で四国へ向かうことになった。

そもそも今回の旅の発心は、自分に直接届いた、ひとつのインスピレーションから始まっている。
終わりの始まり...始まりの國に。
31年ぶりに、もう一度、四国を歩く、マワル、メグル。

ただし今回は、八十八ヶ所だけではない。
八十八ヶ所と、、、剣山。

この二つは最初から、ひとつの旅だった。
だからお遍路の旅ではない、
さらに、メグル、フカク、マワル、タカク...そして、メクル。

今回、1995年の「死国」に対して、2026年は「始国」。
それもまた、旅立つ前から自分の中にあった。

そして、実際の旅の入口には、もうひとつの流れが加わった。
旅立ちを前に、シンのロジカルから人を介して届けられた幾つかの情報と言波。

それらを自分なりに咀嚼し、吸収し、重ねていった結果、四国へ渡る前に、まず身体を運ぶことになった場所がある。

和歌山・丹生都比売神社。
遍路の旅なら、終わりではなく、始まりとはいえ、高野山へご挨拶に上がるという流れなら理解できる。
けれど、なぜ丹生都比売なのか?
なぜ今回の「始国」の旅は、此処から始まるのか?

そして、その訳については、旅を終えた今だから見えてきたことも含め、あらためて辿ってみたいと思う。

その答えは、この時の自分にはまだハッキリとは見えていなかった。でも、まず、何はなくともこの肉体を運ぶべき!と納得していた。私たちの役目は肉体を使って行動することだ。

前年の2025年1月から1年間、多くの歴史的な方がたが私の肉体にかかった〜久しぶりのリアルな体験。
それらのすべての方が私を通してシンのロジカルを学ぶ学徒たちに伝えたかったこと〜「行動せよ」
「学び」の時は終わった...

その体験を経て、2026年、同じ四国八十八ヶ所を歩く。

けれど、31年前の自分を懐かしみ、過去をなぞるために戻るのではない。

今から、過去へ。
過去から、今へ。
今から、未来へ。

そして、すべてを再び「今此処」に重ねていく。

マワリテメグル。

今回の旅は、四国という場所を巡ると同時に、過去・現在・未来という「時」を直線ではなく、巡る旅でもあった。

3月3日。
祓月。
雛祭り。

雨。
邪気を洗い、流す天気。

丹生都比売神社に着いた時、時計はちょうど15時15分を指していた。

31年前と同じ日に、再び始まる旅。
しかし、同じ場所へ戻るための旅ではない。

31年前から流れ続けてきた時間と、これから生まれようとしている時間が、雨の丹生都比売で、今、静かに重なろうとしていた。

そして、この旅立ちにあたり、丹生都比売へ向けて、ひとつのお口上が届き、お役目の行動としてあげさせていただいた。

この時にはまだ、これから四国で何が起こるのか、どんな出会いが待っているのか...は知らない。
もちろん、三ヶ月のつもりだった旅が長引き、四ヶ月となり、最後に再びこの場所へ戻ってくることも。

ただ、ここから始まった。
そしてその時にあげたお口上、、、

まわりてめぐる
このたび の
しめしまするは
八重なる
やさか
とじたる 時を
さかのぼり
あけたる 時を
うましめん
...

つづく

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