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本日の一冊
出田節子=Setsuko Klossowska de Rolaさん、ご存じですか?
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*出田節子
「節子をひと目見たとき、私が憧れていた日本の形がその姿のうちに秘められてるのがわかった。」ーバルテュスー
東京生まれ。
1962年、上智大学フランス語科在学中に画家バルテュスと出会う。1967年、34歳年上の彼と結婚。
ローマのアカデミー・ド・フランス館長職にあったバルテュスを支え、退任の1977年までをローマの公邸メディチ館に暮らす。
1970年代より自らも画家として活動を始め、欧米で個展を開催。
2001年にバルテュス没、翌年、バルテュス財団発足とともに名誉会長に就任する。
*TAO LABより
節子さんの存在を知り、とても興味深く〜で、多くの著作から初の随筆集となるこちら選び、読み始めております。
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『見る美・聞く美・思う美―「画家バルテュス」とともに見つけた日本の心』
「私が今日のようにきもの好きになったのは、ひとえに二十歳の若いころ日本を離れ、外国で暮らすことになったためでしょうか。それに輪をかけたのが、きものをこよなく愛する夫、バルテュスとの生活でした...」
この著作の帯に書かれていた坂本龍一さんの推薦文。
「ミラノコレクションでごったがえす深夜のホテルのラウンジを、着物をまとった比較的小柄な節子さんが歩くと、まるで海が分かれるように金髪のモデルたちが彼女のために道を開けるのだった。その美しさにぼくはあっけにとられ、改めてバルテュスという会ったことのない男を尊敬するのだった。」
今回、4ヶ月に渡る始國の旅を終え、歩き遍路の道中、多くの外国人に出会いました。
彼らは「日本人の生き方、文化」の精粋を日本人以上に求め、体験するために、「今此処」、88ヵ所を歩んでいました。
彼らから感じた母国の素晴らしさを...あらためてこの節子さんのヨーロッパでの暮らしを通しても再発見し、初の著作『生活ガイド観光アートブック 始国マワリテメクル旅編(仮)』に活かしたいと思います。
余談ですが、バルテュスさん、「座頭市」の大ファンで勝新太郎さんとの交流もあったとのこと。
珠緒さん、節子さんともども、どんな対話をヨーロッパでかわしていたのか?それも興味深いですね!


