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HOLY LIGHT SHINMON

Vol.2 『イザナギとイザヤ、そしてトーラ』〜ワッハハ!?

*藤森文書
光文書の終了に合わせるかのように、届いた聖書の神の関与したしるしが、千九百九十五年の神戸で被災した藤森三千雄という人物が残した、この藤森文書というものです。
今回は、二千二十六年にはじまる新千年紀を前にして、聖書の神が、ひとりの日本人を通して、何を伝えようとしたのかを象徴するデータを、PDFの画像として公開することにします。さらに、このデータを現在のAIはどのように読み要約するかも、今回は公表します。なぜ、このタイミングなのかは、この公表を急ぐ、事情が精神界にあり、それが、世界情勢と強く結び付いているためだと、いうことのようです。今後、何らかの形で、この藤森文書は一般に公開されることになるはずですが、その理解のためにも、不充分ではあってもAIが役立つということを知っておくことで、知識の共有が進むことになります。
二千二十六年、これからの神界と人間界の交流を、コンピュータがサポートする時代がはじまります。

一月二十二日 積哲夫 記

*AI(Google Gemini)による要約

【伊弉諾尊(イザナギ)の正体と日本民族の使命】
...「The Academy」の開設:
古代に隠された「超重要論理」を解明し、発信するために学府が開設されたことが、民族の誇りとして祝されています 。このページでは、日本神話の創造神である伊弉諾尊と、聖書の預言者イザヤを同一視し、日本建国の真の目的が語られています。

...伊弉諾尊の正体:
伊弉諾尊は聖書の預言者イザヤ(イザイアー・ナギイド)であり、アッシリアの捕虜となった日本民族の祖先を救い出した「日本の国父」であるとされます 。

...日本建国の目的:
天の神から「天之瓊鉾」を賜った伊弉諾尊は、世界を導く模範的な国家「麗しき葡萄園」を建てるよう命じられました 。

...律法の再定義:
「律法(トーラ)」は、単なる戒めではなく、完璧な「至高の論理体系」であり、これを得ることで神の世界に到達できると説いています 。


*TAO LABより
なるほど〜〜〜まずはイザナギ=イザヤ〜腑に落ちますね、このコトダマオトダマ。
「神話」と「聖書」がひとつのパズルだったことをあらためて認識します。

イザナギとイザヤについてはあらためてこちらを〜

*語句の説明
...「天之瓊鉾」
日本神話の国生み神話に登場する、イザナギノミコトとイザナミノミコトが、天浮橋から混沌とした地上をかき混ぜて日本列島を創生した際に用いた神聖な矛です。
日本神話に登場する「天之瓊鉾」は、武器や権力の象徴ではありません。
それは、混沌とした世界に、境界と関係性を与えるための"方向付けの道具"の象徴です。つまり、「どう支配するか」ではなく、「どう配置するか」〜世界設計のツールを示すものではないかと。

...「麗しき葡萄園」
聖書において「葡萄園(ぶどうえん)」は、神の愛、イスラエルの民、あるいは天の国を象徴する重要なメタファーです。特に「麗しき葡萄園」や「実り豊かなぶどう園」という表現は、神の守りと恵み、そしてそこから生まれる良き実りを表します。
葡萄園は「手を入れなければ荒れ」...「手を入れすぎれば枯れる」...ちょうどよい関わりがなければ成り立ちません。
この表現は「支配でも放任でもない人と社会の関係性」を表しているような〜

...「律法(トーラ)」
主にユダヤ教の「教え」「律法」を意味し、具体的には聖書(ヘブライ語聖書)の最初の五書(モーセ五書:創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)を指しますが、広義にはユダヤ教の教え全体を指す場合もあります。
多くの時代で、律法はこう扱われてきました。「守るか/破るか」「正しいか/間違いか」「罰するか/赦すか」これは 管理のための律法 です。

しかし、藤森文書的に再定義された「トーラ」はこんな感じ?
...再定義されたトーラ
ヒトと社会が自壊しないための最低限の構造理解〜つまり...

従わせるための掟 → ✕
信仰の証明 → ✕
関係性を壊さないための設計理解 → ◯

ここでこちらを〜PDF頭に書かれている「超重要論理の開明と発信」に繋がります。

...開明
人々の知識が発達し、文化や文明が進歩すること、または物事をよく理解し、聡明であることを意味します。文明開化のような社会の進歩を示す言葉や、賢く物事が見通せる状態を表し、中国古典では日の出の東の方向を指すこともあります。

...シコウ(思考、志向、至高)の論理体系
ルールが人を押しつぶさず、自由が社会を壊さない〜そのバランスを試し続ける。このバランスを保ち続けることは、理想論ではありません。そもそも、この考え方には「完成形」というものが存在しません。

一度定めれば終わる仕組みでもなければ、正解に到達して安定する構造でもないのです。社会も人間も常に変化し続けます。そのため、必要とされるのは固定された答えではなく、状況に応じてズレを見極め、調整を重ねていく姿勢です。

一度決めて終わり → ✕
正解に到達する → ✕
常に調整し続けていく → ◯
ここが、「カミの秩序」と「ヒトの現実」が重なる地点です〜臨機応変+中庸+エエカゲン=調律:)がヒトの役目?

で、日本を現すこのコトダマオトダマを
...「わ」
ルールが人を押しつぶさず、自由が社会を壊さない。
正解に到達しない、でも崩れない。
この全部を、日本語で一語に畳める言葉が「わ」です。

ただし、よくある誤解の「わ」ではない。
みんな仲良く、争わない 、波風立てない 、黙って合わせる...
これは停滞とも言えます。

ここでいう「わ」
違いがあり続けたまま、壊れずに動き続ける状態〜意見は違っていい、揺れていい、ぶつかってもいい
でも、壊れるところまで行かない
そのために止まり、観て、直す

...「和」と「超重要論理」は同じ構造

言い換えると:
超重要論理
→ 正解を持たず、調整をやめないこと

→ 行きすぎた力を、元に戻し続けること

同じことを、論理で言うか、言葉で言うかの違いのような〜

...伊弉諾=イザヤの文脈での「和」
伊弉諾=イザヤが極東の島で試みたのは、

完璧な国 ✕
神の国 ✕

を"制度"ではなく"続ける行為"として置くこと、だから〜

建国=完成
ではなく
建国=調整の開始

2026年、ニホン復活、始まりの時〜1414、114=55392に向け「始国」スタートです。

「和」〜それは、日本語でしか、この精度では言えない「わ」
「和」って、もともと真面目で、重くて、崇高な顔をしがちだけど――実際に世界を保ってる「わ」は、

張りつめすぎた空気をいったん緩めてみんなを元の呼吸に戻す...この力なんですよね。

だから
正解をぶつけ合うより、理屈を積み上げるより、
ワッハッハ
と一度ほどけること

これ、ルールも自由も壊さない最短最高の調律とも言えますね。

ワッハッハ=和母って言波、降りてきました:)
笑いながらだけど、かなり深いかと。

和を生む
和で包む
和に戻す

母性というより、場を壊さない波動
伊弉諾=イザヤがもし現代にいたら、説教より先に、たぶん一回、笑わせてから話すと思います。

今回のSHINMONきっかけに自由研究楽しみました〜 結果、自画自賛ではありますが、いやホント、今日は最高の着地でした:)
ワッハッハThink Cosmically Act Joyfully〜:)
お粗末様です。

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