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青山堂運歩 by 川島陽一

即身成仏と加持

空海の著作『即身成仏義』によると、
「此(かく)の如くの経等は、皆この速疾力(そくしつりき)不思議神通(じんつう)の三摩地(さんまじ)の法を説く。もし人有って法則(ほっそく)(規則を定めた儀軌書)を欠かさずして昼夜に精通すれば、現身(げんしん)に五神通(ごじんつう)(修行の結果得られる五種の超自然的な力。天眼通(てんげんつう)・天耳通(てんじつう)・他心通(たしんつう)・神境通(じんきょうつう)・宿命通(しゅくみょうつう)。)を獲得す。斬次(ざんじ)に修練すれば、この身を捨てずして仏位に入る。具には経に説くが如し。この義に依すが故に、「三密加持して速疾に顕わる」と曰う。

加持とは、如来の大悲と衆生の信心とを表す。
仏日(ぶつじつ)の影、衆生の心水(じんずい)に現ずるを加と曰い、行者の心水、よく仏日を感ずるを持と名づく。行者、もし能くこの理趣を観念すれば、三密相応するが故に、現身に本有(ほんぬ)(生来そなえ持っていること)の三身を顕現し証得す。故に速疾顕と名づく。常の即時即日の如く、即身の義もまた是(かく)の如し。」

さらに『即身成仏義』を原文でみてみよう、
「三密加持速疾顕者、謂三密者、一身密語密三心密、法佛三密甚深微細、等覚十地不能見聞、故曰く密」
訳「三密加持して速疾に顕わる」とは、謂く、三密とは、一には身密(しんみつ)、二には語密(ごみつ)、三には心密(しんみつ)なり。法仏(ほうぶつ)の三密は、甚深微細(じんじんみさい)にして等覚(とうがく)・十地(じゅうじ)も見聞(けんもん)すること能(あた)わず、故(かかるがゆえ)に密を言う。

文章中の加持とは、如来の大悲と人びとの信心を表しています。
恰も太陽の光のような仏の姿が人びとの心の水の表面を照らし、そこに現われるのを「加」といい、人びとの心の水がよく仏の太陽を感じ取ることを「持」とよぶ。

「コトバと呪術」に記した、コトバによる癒し、を覚えていてくださる方がいらっしゃるとありがたいのですが、タオラボブックスメールマガジンでみなさまご存知の、精神学協会の積哲夫氏がおっしゃる、「イエスも人間、ブッダも人間」ということだけでなく、「誰もがブッダにもイエスにもなれる可能性を持つこと」、を即身成仏と加持の話から空海は教えてくれます。

天長七年(八三〇)淳和天皇の詔を受け、真言密教の代表として空海は密教の要旨を提出した。『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』である。通常空海の代表著作として知られるものに『秘密曼荼羅十住心論』十巻があるけれど、『秘蔵宝鑰』こそが代表著作でありその根拠は、『秘蔵宝鑰』に署名として「沙門遍照金剛撰」と書かれていることを指摘する人は多い。

いづれにしても、両著作には一から十の「心」の在り方が述べられている。
一の心のありかたは「本能」のまま、であり次第に九まで、儒教、道教、声聞乗、縁覚乗の小乗仏教、法相宗・三論宗、さらに天台宗・華厳宗と続き、最後に九つの心を統合する真言密教へと展開する。いわば空海の「心」の軌跡でもある。
『秘蔵宝鑰』巻下の「第十秘密荘厳心」の項では、竜猛(りゅうみょう)菩薩の『菩提心論』の引用に三密の言及があり、「凡瑜伽観行を脩習する人は、当に須らく具に三密の行を脩して五相成身の義を証悟すべし。
言う所の三密とは、一に身密とは、契印を結んで聖衆を招請するが如き、是なり。二には語密とは、密かに真言を誦じて文句をして了了分明ならしめて謬誤無きが如きなり。三には意密とは、瑜伽に住して白浄月(びゃくじょうがつ)の円満に相応し、菩提心を観ずるが如きなり」
と書かれている。

以上のような三密の意義に基づいて、仏とわれわれとの三種の行為形態が不思議なはたらきによって応じあうときすみやかにさとりの世界が現われる、という。

『観音経』というお経があります。
『法華経』――大乗仏教の代表的な経典であり、鳩摩羅什による漢訳により普及している――のなかの「観世音菩薩普門品第二十五」という一章です。

その中にたびたび出てくる「念彼(ねんび)観音力」の「念」の意味について考えます。念は心理学で言われるところの、記憶、ではなくさらに、無意識でもないと思われます。

実はここでの念は、わたしたちの存在そのものの奥底から湧き出るもの、であるとおもうのです。ユング心理学の集団的無意識の中からでもなく、人間意識の発生の始めから累積していた無意識の意識(阿頼耶識)の中からでもありません。実に、人間の存在を可能的実在ならしめたところの、「宇宙」、そのものがもつ「念」というべきものかと思われます。

この念が呼び覚まされるときこそ、観音力が加わる契機なのです。仏教的には、「無畏(むい)」を体得するの義、といいます。この無畏は、弥陀あるいは観音の大悲の心から人間に伝わってくるものゆえに、これを獲得したものにはまた同様の大悲の心の発露があるとおもわれます。

無畏、とはまったく、その目的がありません。
目的を持つと、そのこと自体に限定されてしまうのです。限られると必ず計算的になる。大悲の心は、その「大」を失って人間的となり、みずからを限ることになる。「大」とは数量ではなく、絶対・無限・無量、の意です。
このようなものには、目的はない。内在的目的というものも考えられるけれど、内でも外でも何か目的という意識の存在するところには必ず、限定が存在します。それは仏教でいうところの分別(ぶんべつ)だからである。井筒俊彦ならば「分節」というでしょう。分別・分節が存在すると、無畏にはなれないのです
 
以上、即身成仏と加持の周りをうろうろして一向にらちがあきませんが、最後に、空海が弘仁天皇にあてた手紙を紹介してまとめとします。

『性霊集』より、
「沙門空海言(もう)す。伏して聖体の乘予(くわいよ)を承って、心神主なし。すなわち、もろもろの弟子の僧等と、法によって一・七日夜を結期して、今月八日より今朝に至るまで一・七日畢(おわ)りなんと欲す。持誦の声響き、間絶(けんぜつ)せず。護摩の火煙り、昼夜を接す。もって神護を仏陀に仰ぎ、平損を大躬に祈誓す。感応未だ審(つまびらか)んぜず。己を尌(せ)めて肝を燗(ただ)らす。
伏して乞う、体察したまえ。謹んで神水一瓶を加持して、かつ弟子の沙弥真朗を勒して奉進せしむ。願わくはもって薬石(やくせき)に添えて、不肖を除却したまえ。沙門空海、誠惶誠恐、謹んで言(もう)す。
弘仁七年十月十四日   沙門空海上表す。」

この弘仁天皇とは嵯峨天皇(七八六―八四二)(第五二代天皇、父桓武天皇)のこと。
嵯峨天皇と空海とは親密で互いに敬愛の心で接しておられた時代の領導者でもあった。嵯峨天皇からの信頼により空海はその実力を存分に発揮することができたであろうし、なおかつ、嵯峨天皇の名を高めているのは空海の努力と協力であったと言える。二人の親密な交渉の原因には、一つには書道をよくし、さらには詩文の巧みさ、といえる。二つめとしては、天皇が常に国家の安泰と文化の向上を意図しており、空海もまた僧という立場から常に国の安全と安泰をおもい、文化の向上に貢献していたことである。

空海は嵯峨天皇の御病気を耳にし、一週間の間平癒を祈った。文中にある通り、祈りを込め加持をした。
因みに、通例の使い方として「加持祈祷」といういいまわしがあるけれど、空海は「加」=「如来―仏の護持」(仏陀が全包容・全包括的に守ってくれる)であり、「持」=「衆生(しゅじょう)の祈り(民=われわれの救済・済度の欲求の心)を合わせた複合語とする。そして空海は水を一瓶届け、薬を飲む際に用いてくれるよう伝えている。

この水を飲めばなおります、という言い方とは、天地の差がある、であろう。清く健やかな心を秘めた、神仏への帰依ということである。
 
空海のどの著作にも方法論は記されていない。
後世、人は現世利益あるいは祈願をもとめるけれど、黙して語らずの人で彼はあった。

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...山深き高野の渓谷。
その虚空に想いを馳せるのみである。


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