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Hideki SHIRASAWA
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Environmentalist
TAO Lab代表
うお座
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Act Joyfully"
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Trip Archive
■チャンギ国際空港

久しぶりのシンガポール。
小雨。

トランジットですが、やっぱ、チャンギ国際空港、素晴らしい:)
本日は半日近くここにいるのだが、まるっきり時間を恨むことがない、充実とホスピタリティに多謝。

昨晩、羽田で一晩過ごしたが雲泥の差。
我が国ニッポンの空港はまるっきりクールじゃない…なんでだろう???

固い冷たいダサイの三拍子。
それにくらべてチャンギは有り難い楽しい素晴らしい:)

まず着いてからゆっくりシャワーを浴びる。
望めばプールでひと泳ぎも出来る。
リラックス施設や美容施設、さらにジムまである。

その後、フリーのWi-Fiでもろもろワーク&チェック。
自分のマックやスマフォがなくともたくさんのPCが。
ゆっくりと坐れるソファーも多し。

今回時間を逃してしまったが、長時間の滞留時には無料の市内観光も〜たっぷり2時間。
無料の映画館やTVゲームやり放題も…

食事もベジーフードの配慮がフツーにあり。
絞り立てのフレッシュジュースもあるし。

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館内は植物が充実。
ショップも充実。

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●チャンギ国際空港

いや〜シンガポール、台湾とはまた違った意味で生活してみたいなぁ。
タイとか韓国の空港も素晴らしくなったんだろうなぁ〜あらためてアジア廻りたいものです:)

このご時世、空港がカッコイイと世界中の方に喜んでもらえる。
国家予算を垂れ流し、コンクリートで海や川や山を痛めつけ、使わない道路を作るなら、こういうところにど〜っか〜〜んっと税金を、またセンスの良い人も多いのだからぜひ国の威信をかけて使ってもらいたい。

あらためて21世紀のニッポンが心配になりました。
クールなニッポンなんだから、まずはなにはなくとも空港から。

PS
コペンハーゲンの空港もかカッコ良かった。
床が板張りでした。
またデザインが禅的だったな〜アップルが空港になったような感じでしたよ。

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■生活観光〜byronbay編

どうも〜:)

オーストラリアの最後の2日間はここで過ごそうと思っていました。
訪ねてみたかった場所の一つ。

アンマのサーファーズパラダイスでのダルシャンを終え、さらに南下。
途中、あえて海際の青から高原の緑を求めるコースへ。
一晩そんなところで過ごし、バイロンベイに向かいました。

が、残念ながらず〜っと雨。
今回初めての天気。

旅でなおかつ初めての場所で雨だとなんか…ちょい残念ですが、ゆっくりな〜んもせず、過ごしました。
写真も撮らず、宿でぽっけっ〜と本や映像観てました。

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オーストラリア本土で最も東にある小さな町、バイロンベイは人口5000人程度である。
町の名前はキャプテンクックが英国の詩人バイロンの祖父にちなんで付けたもの。
明るく開放的でおしゃれなカフェ、工芸品店などを見かけることができる。反面、ファーストフードの出店を拒否してたり、町中に信号機やパーキングメータがなかったり、なんともレイドバック型近未来タウンです。
良い意味であたらしいライフスタイルを模索しているサーフタウン+ニューエイジな街だと思いました。
近い将来、生活観光しに戻って来ようかと…楽しみですね:)

気に入ったファラフェル屋がありましたが、オーストラリアはファラフェルポピューラーでいいですね。

オーストラリア人ではありませんが、この2人のミュージック&ライフスタイルがここは絶対に似合う、というわけでこれをアップ:)

さらにあらためてこんな日をここで過ごすために、これをアップ。
彼らはオージーですよね:)

ここ数年、マナバーガーズのクリエイトのために福岡、さらに言えば、自宅とマナバーガーズの往復生活4年程でしたが〜お寺に入っていたようなものですかね、どこにも行かなかったですからね…ほとんど。
ここ20年間では珍しい時でした。

残りの人生、引き続き生活観光をしながら世界平和を実現するための霊的進化を実践しているさまざまなライフスタイルを探求し、また、オススメの良いものを皆に伝えたいと思います。

やっぱ、日常であろうと、非日常であろうと日々感動感激発見があるのが生活観光〜:)
本物の学校です〜楽しい:)です。

やっぱKEEP TRIPですね。
ふろむ新嘉坡:)

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■生活観光〜nimbin編

数日前にリアルタイムでつぶやきにアップしたオーガニックショプやエコビレッジの後にここのグリーンとエアーにもご挨拶。
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そんな道中を経て、サーファーズパラダイスとバイロンベイの間に寄っていたのはここ。
着いたのは夜になっちゃいましたが。
翌日撮った町のWELCOME看板。
こういう場所は食事に困らない〜意識と食は繋がってますね:)
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ニンビン〜1973年、建築をシドニーで学んでいた当時の若者たちが中心となり、この山の中の田舎に集ったそうな。アクエリアスフェスティバル=その数1万人とか。
当時の写真を見るとフラードームが多い。
そのまんま、居着いてしまった若者たちが結果、ビレッジを自分たちのライフスタイルの実践の場として乗っ取っちゃった感じ:)。
日本では考えられないけどハワイやヨーロッパでそんなエリアを訪ねたことがあります。その、オーストラリア版。

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それらの場所は当時はなんともいえない光に包まれていたでしょうが、時が経つにつれ人の発するダークサイドが強くなるのか、なんていうか「汚い感じ=浮き世の垢」に包まれてしまうのが常です。

ニンビンはその中ではまだいいかなぁと思いました。
でもやはり文化人種の違いでしょうか、日本人の自分にとってはどぎつさはゆがめませんが。

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自分はドラックはいかがなものかと思っていますが、ハーブやメディスンはまた別のものだと思っています…日本ではまさしく「クソと味噌」を一緒にしていますが。

世界中のネイティブピープルたちの生活と切っても切り離せないハーブやメディスン。
それらはタイミングと使い方によっては人を癒し、意識を広げる道具として素晴らしい力を発揮することもあると信じています。

宇宙のリズム、自然の輪から飛び出してしまっている今の人類。
こんなところにもなにかヒントが。

ドラックと同じバイブスは化学添加物や農薬、精製されたもの、エネルギーなら原発、バーガーならマック。
ハーブやメディスンは植物やオーガニック、ナチュラルといったものと同じバイブス、エネルギーならソーラーや風力、バーガーならマナ:)

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気のよい数人のオージーたちと出会い、お世話になりました。
翌日午後、来た道と逆にこの橋を渡ってバイロンベイに向かったのでした。

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PS
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例年行われているおバカ:)祭は本年は5/5〜5/6のようです。


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■昭南島=シンガポール セントーサ島シロソ砦

今回、シンガポール経由でオーストラリアへ行くことになり、数日、だったらシンガポールでストップオーバーと思った一つはここを訪ねようと思ったからです。

下記、この場所の存在を教えてくれたWEBです。長くなりますが、転載させていただきます。
「かつて日本は美しかった」より
jjtaro_maruさん、ありがとうございます!

『昭和16年(1941年)12月2日、大本営から山下兵団に「ヒノデハヤマガタ」の暗号電文が到着。12月8日、日本軍はマレー半島の東海岸、タイ領のシンゴラ、タベー、バタニ、そしてマラヤ領のコタバルへ上陸しました。日本軍は破竹の快進撃により1月31日にはマレー半島のジョホールバルへ突入し、占領。そして最終目標のシンガポールを目前とします。

山下兵団長は北東からシンガポールへ上陸すると見せかけ、2月8日にゴム林に隠しておいた兵団に北西からシンガポールへ上陸させました。11日には本軍はブキッ・ティマ地区を、連合軍の弾薬・燃料の貯蔵のほとんどとともに占領します。また水源地も確保しました。しかし実は日本軍は弾薬がつきかけており、山下兵団長は2月15日にすべてをかけます。

上陸した島田戦車隊
「乗員たちは3日の絶食と、睡眠不足と暑さと、砲弾に閉じ込められて、早く死んだほうがまだ、ましだ、と生きる苦しみから逃れようともがいていたのだ」
「今日は2月14日だな」「攻撃はまだですか。これではどちらが攻撃しているのかわかりません」

2月15日払暁、遂に攻撃開始。墓地高地で激戦となります。ところがしばらくして敵はあっさり白旗をあげました。前線の兵士は「何だ今更」と怒りを表すもの、「万歳」を叫ぶもの、死んだ戦友を思い、涙を流すもの、様々いたといいます。この後、山下将軍が敵将パーシバルに「イエス」か「ノー」かと突きつける有名な会見となります。
 この山下将軍の「イエス」か「ノー」かとういのは倣岸に見えますが、日本軍には弾がないという事情がありました。しかも、日本軍は3個師団の4万弱であり、シンガポール防衛軍は10万。さらに英軍の増援部隊が到着するという情報もありました。英軍のパーシバル将軍は会見時間18時から30分も遅れて到着し、会見では無条件降伏を承認しながら「停戦時間を明日まで待ってくれ」と言うのです。これでは信用できません。

山下将軍
「英軍は日本の兵力を5個師団以上と過大視していた。だからそんなことで時を費やし、味方の劣勢を気づかれてはと思うと、私は正直なところ気が気ではなかった。私としてはどうしてもあの場で、即時、無条件降伏させねばと思った」

会談後に山下将軍が副官に漏らした言葉。
「パーシバルがあまりにも青白い顔つきで気分もすぐれないようなので、最後に分かれの握手をしながら、何か一言いたわりの言葉をかけようとしたのだが、自分は英語が話せないし、第三者を通したのではこちらの真意が通じないと思ってやめた」

山下将軍は入城式は行わず、シンガポール陥落4日後の2月19日に慰霊祭を行い敬虔な慰霊の辞を述べています。
「敵味方の戦死者と戦争に巻き込まれて死去された市民の霊に申し上げます」

山下・パーシバル会見の場面は、シンガポール沖のセントーサ島にシンガポール政府が開設した戦争博物館に原寸大の精巧な日本製蝋人形で再現されています。この蝋人形は靖国神社の遊就館にあったもので、シンガポール政府観光開発局が昭和56年に歴史資料館でぜひ飾りたいといって譲ったものです。机は対談の時に使った実物でオーストラリア軍の寄贈だそうです。』

以上〜山下将軍!なんと実物の机!!

セントーサ島はシンガポールの南にある島。1972年から観光誘致のためのエリアとして開発。今となってはシンガポールの重要な観光スポットとなっている。

そんな現在から想像出来ないが、この島の西端の丘はシロソ砦=Fort Sirosoといい、19世紀から20世紀前半はイギリス軍によって作られた要塞だった。
1942年に山下将軍率いる日本軍によってシンガポールが陥落してからは1945年の終戦までイギリスや今回訪れていたオーストラリアの方たちの戦争捕虜の収容所としても使われていた場所。

多くの地元+観光客の方が訪れるこの島。
…でもここにはあまり人が来ないようです。
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こんな感じで展示されてました。
扉を開けた瞬間、外ににも内にも誰もいませんでしたから、すぐ目の前にいきなり現れた蝋人形たちにはギョッと一瞬驚いてしまいましたが:)
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実際の会談が行われた場所は別=シンガポールのブキテマにあるフォード自動車工場事務所内だそうです。
こちらはその当時の模様の映像。

それから3年間、シンガポールは昭南島と改名され、日本の統治を受けました。

山下将軍は意識的に自分が太平洋戦争〜大東亜戦争の慰霊を行うようになったきっかけを与えてくれた1人。その後、日本国内や太平洋の島々+アジアの国々に行く度になんらかのカタチで、最近では3月の沖縄もその一環の意味もありました。

なんでこんなことをやるようになったかというと不思議だけどリアルなスピリチュアルな体験があったからです。

18年前の1994年の初秋、ある日、本屋に行っても普段は立ち寄らない戦争戦記コーナーの場所に引き寄せられ、無意識で最初に手に取った一冊の本が山下将軍についての本。さらに中身を見る前に突然大粒の涙が…亡くなっていた将軍の魂と沼津の本屋でいきなりなんの前触れもなく繋がってしまったようで…

その頃はいろいろと不思議体験が頻繁に起こった頃です。亡くなった方たちと繋がったり、UFOとコンタクトしたり、ちょっとした予知が出来たり。

その数週間後に偶然行く予定だったフィリピンのロスバニオス(当時知り合ったユニークなおじいちゃんがここでリタイヤし遊びに来いと誘われたのとここにある世界的な米研究所を訪ねるつもりだった)で処刑されたという事実をその時に初めて知った。これはなにかのご縁だと思い、自分なりの慰霊碑を作ってもらい、それを抱えフィリピンまで運び、ロスパニオスでその場所を探し出し、建てた次第です。まぁ、いろんな凸凹アクシデント:)あったんですが、ね!

そんなんで、今回の機会にここを訪ねた次第です。
1942年頃までは破竹の勢いだった日本軍+日本はそれから3年間、泥沼地獄に陥ったのは皆さんご存知の通り。
この会談はひとつのピークでした。

その展示場の隣にはこれが展示。
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天皇の終戦の詔書。

さらにこれが。
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1945年当時、ここシンガポールで降伏文書調印式をしたのは板垣大将。

毎度のことながら戦争を美化するわけではなく、また、日本だけを持ち上げる気はさらさらありません。
でも人類の愚かともいえる繰り返し繰り返し続けられている戦争により亡くなった敵も味方も一般の方にも手を合わせたいだけです。
毎度の自分なりの祈りを捧げさせてもらいました。

戦争が無くなりますように。
貧困や飢餓が無くなりますように。
亡くなった方たちの魂が安らかで、生きている皆がハッピーで過ごせますように。
その結果、世界が平和になりますように。
合掌。

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PS
本日夜帰国の途に着きます。
もう一つその前に祈りを捧げたい場所が…そこを廻ってから空港へ。

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■生活観光〜シンガポール洗濯編

街中にはコインランドリー、シンガポール、ありそうでないんですよ。
ホテルにあるところはあるでしょうが。
そんなんで、見つけたここを〜旅している方に役立つかもということで、アップ!

オーチャードロードのそばにあるこのホテルを目指し。
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ここからこのモールを見つけてください〜すぐそばです。
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そのモールの地下、一番端にありましたよ〜コインランドリー。
最初、見過ごしちゃいました、無くなっちゃたのかと思いましたが、ありました。
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洗濯5$、乾燥は10分1$=だいたい4ドルから5ドルといったところ。シンガポール$ですよ。
洗剤は売ってませんでした。
自分はエコ洗剤持ち歩いてるんで良かった!

台湾や香港もそうですが、アジアはゴハンが安くて助かりますよね。
だいたい3$〜5$で食べれちゃいます。

さらにシンガポールは交通機関が安いのでいいですよね。

*シンガポール1$=70円ぐらい

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■「人間の住む静かなる大地』へ

ほとんど伊豆から動かず、あらためて人にも会わず、小さな円のなかで2年余りが過ぎ去った。
途中、いくつかの内外の旅はしたが、そんな日々はここ数十年、いや、初めて…かも。

こうなると固まってしまった腰を上げるにはなんらかのきっかけが必要だ。5月中頃からそんな風が吹いて来た。再会や新たな出会いとともに。
そして結果、伊豆半島の中をちょこちょこと、また夏至の日には富士山の反対側、山中湖を訪ねた。
半島巡りは20年振り、山中湖は30年は経つだろう。

昔、どちらも頻繁に通った勝手知ったるはずの場所なのに、路や景色は記憶の海のなかにすっかりと埋没してしまっていた。所々、「あ~そうだったなぁ」と泡のように記憶がカタチをとり、そして割れる。
でもほとんどはあらためての体験、そんな新鮮な日々を送り始めていた。

そして7年振りに*アイヌモシリ=蝦夷地=北海道へ。
昨晩遅くに伊豆に戻って来た。

その旅はアマチの東京ダルシャンから具体的に始まっていた…「地」と「血」を訪ねるのが旅の目的だ。そしてこの旅で再びブログを再開しようと“千年の森”で思ったことは呟いた

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*アイヌモシリ~アイヌ=人間 、モ=静かな、 シリ=土地。
本来、特定の地域を指すものではないが、今日では北海道を指す場合や、樺太、千島列島など古くからのアイヌ居住地を指す。
また蝦夷地(えぞち)は、日本人がアイヌの居住地を指して用いた言葉で、江戸時代に使われた。

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■アイヌモシリ 地の巻 十勝千年の森

恩人からのアドバイスもあり、伊豆に戻り、自分がやってきたことを棚上げし、譲り…そしてダイレクトに樹木や植物に触れる仕事や生活を選んできた。

そして…

ぜひ訪ねたいと思っていた場所があった。こんなに早く、こんなタイミングで伺えると思ってもいなかった。

●十勝千年の森
名は体を表す〜なによりもネーミングに惹かれた。こんな名前をつけるなんて、薄っぺらい単なる観光施設ではなく“志”があるに違いないと直感した。

千年の森…
1000年前の日本は、地球はどんな景色だったのだろうか?
1000年後の日本は、地球はどんな景色をしているのだろうか?

今回の機会をアレンジしてくれたマリカさんと東川町でお世話になった塩谷さん一家、そして旭川でのアイヌの方達との2日間の交歓+温泉三昧のあと、一人、富良野に向かう。

翌日十勝へ、念願のここに。
入り口で迎えてくれたこのメッセージ。

『十勝千年の森は人がはぐくみ、人をはぐくむ森です。気づかぬうちに私たち人間がうばってしまった多くの自然。ここではたくさんの動植物が生きる森へ戻すお手伝いを人がしています。ここは命と自然の大切さを教えてくれる場所。自然と人間の営みを、そっとのぞいてみませんか。森と遊んでみませんか』

『十勝千年の森は地球の環境を考えています。千年後の人類に残す大きな遺産…』

“十勝千年の森は人がはぐくみ、人をはぐくむ森です〜ここではたくさんの動植物が生きる森へ戻すお手伝いを人がしています。”…あらためてやられてしまった次第。

2日間、日中はこの場所で静かに過し、また歩き廻った。
そして観、聴き、嗅ぎ、眺め、大きく呼吸した。
天を仰ぎ、地を見渡し、緑とARTに感動していた。

感動とは人それぞれの体験。比べる必要もなく、恥ずかしがる必要もない。
自分の内側から溢れる聖なるエネルギーの発露。

そして涙ぐみ、感謝した。
自分と対話し、自然に祈った。

天命が花開きますように。
平和でありますように。
1000年後も、今も、永遠に。

PS
もうひとつの地の巻、温泉♨三昧は毎日続いた…

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●十勝千年の森の庭仕事
3月、この書籍を偶然見つけ、存在を知った。ヘッドガーデナーの新谷みどりさん(ここにも、名は体を表す、が…)とコトバを交わし、また皆さんがこの森の世話をしている姿を拝見もさせてもらった。美しいハードワーク、お疲れさまです。そして、ありがとうございます。

あえて写真を掲載せず、リンクも張らず…百聞は一見にしかず。
あなたはどんな感想を抱くか?機会があったらお訪ね下さい。


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■地の巻 十勝千年の森再び ダン・ピアソン氏

伊豆より。

話は前後するけど、17日、2週間振りぐらいに千年の森を再び訪ねたんだ。
目的は二つ。

一つは花や野菜の植えられたガーデンがどういう風に変化しているか。この時期、草花はあっという間に成長する。その変化をこのせっかくの機会を使って観てみたかったんだ。

もう一つはSKY TVを観ること。
千年の森にはARTが幾つも置かれている。前回、植物や景観とともにそれらのARTもとても楽しめたんだ。その中でこのARTだけは予約制で今回あらためて観てみたいと思っていたんだ。

千年の森は9時からのオープン。
その日は夜中の2時ぐらいから目が覚めてしまい、車中で写真をアップしたり、自分との対話(ブログ)を書き留めたりしながら6時からの温泉を待っていた。前夜からその浴場のパーキングにいたんだ。

それにしても日本人は温泉の好きな民族だ。朝、6時からの入浴タイムスタートには多くの方が来湯。自分もその内の一人だが、ひとっ風呂浴び、ゆらっくす、させていただいた。

この湯はこのあたりの泉質か薄い番茶のような色をしていて湯の華が舞っている。美肌効果があるといわれているが*モール温泉というそうだ。
またここは昔懐かしい電気風呂の浴槽があってその「シビレ」も体感したかった…15日から再び体調を崩し、結構、キツかった…その養生のために試してみたかったんだ。
でもこの話は別途、あらためて。

9時の開演時間をちょこっと過ぎた時間に到着。入園。その日は天気が良く、また午前中の光は特に美しい。
そんな環境の中でこの森とガーデンで過すのはもうひとつのひとっ風呂〜まさしく森林浴だ。

施設に入るとすぐに小川が流れている林が迎えてくれる。木漏れ日の中、前回来たときより植物はさらに大きく成長しており、花々も前より咲いていた。そのせいか、飛び回っている小虫たちの数も倍増していた。皆、大忙しな感じだった。

黄緑色~緑白色のラッパ状の花が10個〜15個ぐらい付いた子供から大人ぐらいの背丈のある植物がたくさん目に入った。そのときは判らなかったけど、後ほど教えてもらった。それは旭川で採り、食べてみたおおばゆり=トゥレップの花だった。その時はまだ花が咲いてなく、今回、あらためて観ることが出来たんだ。

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そこを抜け、小川の橋を渡るとメドウガーデンやキッチンガーデン、そしてローズガーデン等があるエリアとなる。ここにはオープンカフェやチーズ工房もあり、施設内を動き回るときの起点としていた。

ここの植物の成長振りを観ること。刻々と成長する植物の生命力と人の美を創る力と手の共演ともいえるART of LIVING FORCEを観ることを楽しみにしてたことは先ほど書いた。
2週間しか経っていないのに、そこの景色は大きく躍動していた。
前回よりたくさんの花々がメロディーを唄い、コンパニオン・プランツがハーモニーを奏で、セクシーな薔薇の香りは風に舞い、さまざまな緑たちが自由に踊っていた…日々変化するこの時期に2度訪ねられたことに感謝した一瞬だった。

まだこの時間に来園している方は少ない。
前回、少しお話をさせてもらった新谷さんの姿が見えた。その横に、白人の男性の方の姿が…もしかしてあの男の人はこのエリアのガーデンをデザインした*Danさんかな?なんか写真で見た方に似ている…

植物の成長振りやデザイン等のバランスをチェックするためか、彼がキッチンガーデンに居たこちらのほうに向かって歩いて来た。思い切って声をかけてみた…

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…彼はやはりDanさんだった。今回、3日間仕事でここに来たそうだ。ちょうどその真ん中の日に自分の再訪となった模様。
この機会にこの森を創造管理している彼とその仲間の方達へのリスペクトとエールを伝えた。

世界中で20個ぐらいのランドスケープの仕事を抱えているようで、この週末は上海とのことだった。上海に行く前には京都に寄るそうだが、肉体の休息と仕事の充電になるのではと思った。

たまたま雑誌で読んでいたロンドンテムズ川(たぶん)に架かるブリッジガーデンについて訊ねてみたところ、進んでおらず現在は資金援助を求めているとのことだった。金額も伺ってみたけどポンドで尚かつメモも取らなかったのでどのくらいの額なのかは忘れてしまった…
てっきり、行政や企業がすでに付いているのかと思ったけどなかなかこの時代、どこの世界でもセンスの良い「旦那さま=パトロン」はなかなかいないようだ。

21世紀の大切な開発は「自然」を破壊することではなく、創ることだ。でも、世界的なガーデナーでもあり、実績のあるDanさんですら四苦八苦している。

「過去」の無知を反省し、特に世の権力者やお金持ちがコンクリートや紙を増やすことではなく、自然や木を増やすことに意識が変化し、資本をそういうところに流したら「未來」が薔薇色に染まる。また、持続的循環型の環境や生活、健康や観光、教育や一次産業ルネッサンス等のビジネスといったチャンスも大いにあると思う。

さまざまな多様な生命が乱舞する銀河でも希有な「水と森の惑星」に「今」からすぐにでもなれるのになぁ〜と単純に思う。もちろん、成長生育には時間は掛かるけど…そのプロセスそのものも楽しく、また学びになると思う。そんな「夢」を「カタチ」にする一助になりたいとあらためて思ったんだ。

この出会いの偶然にも感謝した。
なぜなら、カッコイイとか和むとかの感動を与えてくれた人に会える、会うということは二度美味しいという体験だからだ。
最初の感動は結果でもあるコトやモノとの出会い、そして二度目の感動はその原因ともいえるヒトとの出会い〜人類は未熟だけど、人の創造力は素晴らしい。

自分はそういう出会いの体験が多いほうだと思うが、今まではその体験(感動力や人脈)を仕事に活かすことは下手だった〜というか、しようと思ったことはなかった…でもこれからはその体験を遊びではなく、仕事=夢をカタチにすることにも活かせるような器になりたいとあらためて決心したんだ。

そんな願いを、意識して念うことの重要性を今回の旅ではいろんな方から教えられたんだ。ブログ再び始めたことだし、本格的に新生TAO Lab再開させるタイミングかも。

つづく…


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