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Hideki SHIRASAWA ![]() Environmentalist TAO Lab代表 うお座 “Think Cosmically Act Joyfully" More Profile Web:http://www.taolab.com Mail:alohahideki@taolab.com calender
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January 8, 2008
先日無意識の可能性について書きましたが、この人はその領域を開拓している人の一人です。 「世の中の常識を少しでも変えるっていうことは リスペクト:) January 10, 2008
本日は相棒、吉原亜希さんの○○回目のお誕生日:) January 18, 2008
昨晩のお客様も嬉しかった。 ●片寄明人 Great3 西田さんは新しい地球人を近々出産とのこと、おめでとうございます:)
一昨晩の高泉淳子さんといい、宇宙は無限だけど案外狭かったり・・・ February 5, 2008
彼は「その土地土地の生活の用に準じて、忠実に素直に作られている健康で平穏な美しさ」を見出し、それを「濁流渦巻く現代文化への清涼剤」として位置付けている。僕らがシェアーしたいゴハンもまさしくこれ! ニッポンのワビサビプロダクトデザイン、彼が生み出した道具は僕の仕事場やプライベートでも大活躍です。 柳さんのお父さんは庶民が作り庶民が使う「民衆的工藝品」つづめて「民藝」というコトバを生み出した柳宗悦さん。大好きな陶芸家河井寛次郎さんの仲間でもある。 皆、僕にセンスを教えてくれた恩人です。 April 9, 2008
東大卒の変わり種の演歌の名物ディレクター。コロムビアにはひばりさんを担当したく入社したそうです。都はるみさんのパートナーでもありました。 新宿2丁目にある演歌のレコードが裸で何百枚!?もおいてあるゲイのおじさんがやっていたカウンターしかない飲み屋によく連れて行ってもらいました。そこに行くとやはり亡くなった小説家の中上健次さんも一緒にいたりしてなんだか“無頼”を感じる風景でした。はるみさんがよくそこで唄ってくれました。時代は昭和元禄・・・当時、僕は一回りは上のそんな先輩達とそのなんとも任侠+演歌な関係の中で揉まれていました。今思えば貴重な体験とも言えます。 ご冥福をお祈り申し上げます。 April 11, 2008
昨日、日本を代表する絵本作家の戸田先生 がマークをアップしてくれた。 真正面ど真ん中のほのぼのカワイイデザイン、とても暖っかぁ〜いコトバ、超有り難いご配慮、デザインいただいたときに亜希さん思わず泣いちゃいました・・・そして僕も目頭じぃ〜〜〜〜〜んと熱くなってしまいました・・・ありがとうございます! 「安全」とか「安心」とか、食や生活に関してこのようなコトバが声高らかにいわれる時代は決して良いとは思えない。それを核にもちろんワークをクリエイトしていくのだが、コトバで伝えることは絶対にしたくない。却って人を不安にするからだ〜カタチはどうあれ、「恐怖産業」が幅を利かせています、それはダサい。 亜希さんのレシピ、先生のマーク、さらに空間や音楽、そこで働くクルーや集う人たちの雰囲気・・・美味しさや満足や楽しさを五感でリアルに感じるとともに、さらにそれらの根っこにある何とも表現できないけど確実に漂う「エナジーの気持ちよさ」を、「温かく力強いグッドバイブ」を、「ライフフォース」をシェアー+充電出来るようますます精進していきやす:)
昨日は天気は曇りだったけど、ニコニコ嬉しい日でした。 亜希さんお疲れ様。
May 1, 2008
ショーケン=萩原健一。 三上寛やキヨシローとともに僕の好きなリアルパンクス!!! おまけ〜この唄も好きです。小学生だったけど。 やんちゃなショーケンに幸あれ! June 21, 2008
久方にHAWAII続けますね〜:) 2001年、Hilo Merrie Monarchでの神懸かり。 August 3, 2008
俺の中での三大リスペクト漫画家のひとり、赤塚不二夫さんが昨日、永眠されました。 *他の2人は手塚治虫と谷岡ヤスジです。
August 15, 2008
丸山健二さん。
最後に言われていた次回作はこちらだと思います。 天海さん本読み終わったら最新作のこれから読み始めよう:)かな? August 22, 2008
教授!世界の坂本! August 24, 2008
2008年8月18日、地球を代表する自然農法家福岡正信さんがお亡くなりになったそうです。
August 26, 2008
毎度!大好きな音楽王。 とても楽しめました。 October 26, 2008
小学校6年生の時に熱海の芹沢書店で購入した「家出のすすめ」と「書を捨てよ、町へ出よう 」の衝撃は忘れられません。同じ頃に知ったアンディ・ウォホールとともに俺に決定的に影響を与えました。10代から20代にかけては彼の著作や作品を追っかけました。30代半ばに沢山の宝物と共に寺山コレクションをすべて手放しましたが、これはちょい後悔しています・・・最近寺山の著作ではなく彼の周りにいた方の彼の思い出をまとめたものや評論を再びめくり始めています。 巻上さん、今度当時の話したいですね〜:) October 27, 2008
昨日に続き青森シリーズ・・・10代から20代前半によくライブ行きました、三上寛。 November 22, 2008
Moochy君に今、インドから依頼が来た音の件で相談しています〜結果は別にしてありがとう! ●Juzu a.k.a. Moochy RE-MOMENTOS 彼の家族もユニーク:) November 25, 2008
そんな彼らと連んでいるこれまた〜いかした(いかれた? 笑)この人のブログに書かれる文は“無頼”と“ピュアー”が入り交じっていて、実はとっても大ファンです。 そんな奴らのこんなイベントがあるようです。面白そう! 来春、そんな一族郎党ネオカブキ者たち来福してこちらの福人と一緒にパァ〜ッと遊びたいなぁ・・・ 写真は昨年今頃、とあるお座敷でのネオカブキ者たち〜ア〜コリャコリャ 笑 PS December 2, 2008
音楽とか映画とか・・・ゴハンもそうだが、競技ではないものは「1番」がたくさんあってもいいので嬉しい。チョイス盛りだくさんで、飽きない:) 好きな映画監督は国内+国外たくさんいるがその内の一人、デビットリンチを題材にしたドキュメンタリー「ナイトピープル」を今観ていました。 彼の作品はダークでちょいイカレタ世界や人が多く出てくるがイヤな感じではない。独特な「美しさ」を感じる。また、どこかユーモアも感じる。そしてピュアーな生真面目さ。大好きです! また、いつも音楽が素晴らしい! 彼が作るものはもちろんのこと、アンジェロ・バタラメンティとのコンビのものが大好物です。 PS December 4, 2008
最近あらためてはまっているのがこの2人。 ●チャーリー・チャップリン ユーモアを武器に戦争の世紀=20世紀を戦ったヒューマニストは88才で亡くなりました。
言葉を武器にリアルを音に乗せ表現する戦う詩人。 2人の戦士、ともに素晴らしい! December 6, 2008
沙真ちゃん(さちかちゃん)、最近有り難いプレゼントをいただいたお父さんと一緒にご家族でマナバーガーズに来店してくれました。 今でもまだ10代の可愛い女の子ですが、バーガショップに置いてある「神の詩」をすぐに手にとり、購入していただきました。 早速こちらも注文。 彼女は綺麗な写真も撮ります。下記、彼女の作品。
写真展&写真集も準備しているようです。 またよかったらご家族で、友だちとご来店下さいね:)
December 13, 2008
「人間はすこしばかり狂気も必要だ。 前に紹介しましたがこの2大日米極道道楽極楽の2人、あらためてリスペクト。
やっぱ、こういう方は笑顔:)がなんともいい〜そんな2人の書籍オススメです! ●パッチ・アダムスと夢の病院―患者のための真実の医療を探し求めて すばらしい言の葉たち、満載。 世の中まんざら捨てたものじゃないっすね〜相変わらずの生活観光、ごっつぁんです:) December 16, 2008
大好きなアーティストは沢山いますがこの人もクールです。
PS December 24, 2008
親不幸STAND-BAPで深夜1時から朝方まで彼のDJ楽しませてもらいました。 カッコイイサウンド、カッコイイミュージシャン、カッコイイDJは沢山いますが、彼は感動させてくれます。それは天界のキラキラと深海の静けさを同時に垣間見せてもらえるような・・・音のナチュラルジャンク:)ともいえる懐の深さ。 DJ HIRO 毎度あろっとおぶさんくす。
December 26, 2008
年の瀬に2人のユニークな方が肉体を離れた。 1人はナナオサカキ長老。 「これで十分」 "Just Enough" 足 に 土 Soil for legs もう1人は飯島愛ちゃん。 個人的には両名ともチラッとしか会ったことなく、リアルな面識はありませんがシンパシー感じていたお二人。 December 27, 2008
翻訳を楽しみいしていたものを読了。 ●アップルを創った怪物―もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝 邦題はちょっとなぁ・・・原題の「iWAZ」の方がスマート。
写真は1976年の2人のスティーブ。 December 28, 2008
こちらも毎日ちょこちょこ読んでいました。嬉しい発見の多い内容でした。
素晴らしい人もたくさんいる地球。 December 31, 2008
はや4年前のものですが、あらためて年の瀬に・・・ジョブス、最高のアーティストの一人です。前に記事はアップしましたが映像見つけたのであらためて・・・またバージョン違いの翻訳はこちら。 写真はスピーチの最後に語られる”The Whole Earth Catalog”の最終号の裏表紙に書かれたメッセージ。「田舎道の下に・・・」と言っていますが実際は上でした。そんなことはどうでもよくて〜ですよね???:)細かくて失礼しました。
“Stay Hungry. Stay Foolish”
January 11, 2009
来月来福する北山さんのブログから・・・ ここ福で生活観光始めてから日本が日本になる前のバイブをを感じます・・・九州〜神話の世界。 大いなる存在とその環の中で生きていた世界中に眠っているネイティブの記憶を思い出し、昔に戻るのではなく、今の良さも活かし、古くて新しいスタイルのミックス。 メディスン・トーク〜皆様のご来場をお待ちしております。 January 18, 2009
お元気でしょうか? January 29, 2009
今日は俺を生んでくれたルーツ・故郷〜お袋の誕生日です。 ハワイ島のヒロの日系2世のおじいちゃんやおばあちゃんのようにいつまでもHEALTH&HAPPYで〜元気で若々しく人生を謳歌して下さい。 振り返ったら昨年も捧げてましたが(・・・成長してないな・・・笑)、やっぱ定番の大好きなこの唄を大好きなお袋に捧げます。 あらためておめでとうございます&いつもありがとうございます:) February 16, 2009
ギーターの装丁をしてくれた倉茂君がこんなチラシを作ってくれました。 御陰様でギーター、あらたな読者の方々が手にとってくれているようで嬉しいです。燻し銀の内容+倉茂装丁も綺麗です。皆さまの進化にお役に立てれば幸いです。あらためて田中嫺玉先生、BIG MAHALO:) 書店やネットショップ
PS March 8, 2009
来月来福する木津さんの著書で「オーラ!オーラ!!オーラ!!!」
May 2, 2009
ロックバンド、RCサクセションのボーカルとして「雨あがりの夜空に」などのヒット曲を生んだ歌手の忌野清志郎さんが死去したことが2日、分かった。58歳。東京都出身。 FOREVER 永遠
May 3, 2009
追悼 全文下記へ
●愛し合ってるかぁ〜い
June 1, 2009
嬉しいですね〜こんな写真送られてきました。
木津さん+花村さん、ありがと! 木津龍馬とのマジな一期一会。 PS June 6, 2009
お目にかかったことはないが、随分となぁ〜るほどと目から鱗を与えてくれた川勝さんが故郷静岡の県知事に立候補したそうです。 http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090605-OYT1T00868.htm?from=navr ちょうど昨晩、静岡出身のデザイナーの明日香ちゃんと珍しく県知事の話をしていました。静岡空港の件で知事は退任とのことでした〜全然そんなこと知らなかった。 残念ながら現在福岡県民の俺は一票持っていないけど・・・どうですか?我が愛すべき同郷の静岡県民の皆さま、川勝さんに一票投票していただけないでしょうか? 政治の世界は魑魅魍魎跋扈で一筋縄ではいかないと思いますが、彼のビジョンとデザインが静岡県からリアルにカタチになったら最高です! June 27, 2009
台湾滞在中に悲報。
観世音 南無仏 観世音菩薩に帰依します 「いただきます」「ごちそうさま」とともに深〜〜〜〜〜いマントラ・・・短いのも最高!!! ・・・あらためて、合掌。 July 1, 2009
横井庄一さん、小野田寛郎さん・・・今から37年・35年前にグアムとフィリピン ルバング島で見つかった元日本兵。横井さんは軍曹、小野田さんは少尉でした。小野田さんが見つかった1974年の暮れも押し迫った12月26日、インドネシアのモロタイ島でもう一人の元日本兵中村輝夫さんが発見されました。
インドネシアで見つかった元日本兵の中村さんは内地出身で職業軍人だった横井さん・小野田さん2人とは決定的に立場が違っていた。日本名は中村輝男といいますが、彼は台湾先住民族のアミ族出身で、本名でもある民族名はスニヨンさんと言います。終戦を迎えるまで台湾は日本でした。戦争末期、高砂義勇隊として台湾少数民族は日本軍の一員として戦地に出兵していました。この辺りはハワイやメインランドに住んでいた日系2世と同じような境遇で、悲しいかな2等国民として最前線に送られるために戦死者の割合が多いという悲惨な事実もあります。発見された当時、日本と台湾の間には国交は無くなっており、しかもその元日本兵は台湾出身であるが故に、戦後、日本国籍を失っていたというなんともな話です。彼は結局台湾に帰還し、3番目の名前、李光輝となりました。帰国後、さらに辛い事実が彼を待っていましたが、それは機会があったら自分で調べてください。 先週台湾で片倉さんと語っていた時に彼の名前が出てきて、思い出した次第です。なんか、あらためて心に刻まれてしまい、帰国後、彼について書かれている「還ってきた台湾人日本兵」 現代の日本人及び多くの地球人が忘れてしまった勇気・勤勉・奉公・自己犠牲・責任感・清潔感といった素養や気質を少しでも学ばせてもらいたいと・・・凸凹な自分が言うのも何ですが、そんな気持ちにさせていただきました。 PS 著者が取材に当たって協力してくれた台湾の関係者と食事をしているとき、「ふとたがが外れた。自分でもまったく予期していなかったのだが、どうしても涙がとまらなくなった。かつては日本であった台湾のことをこんなにも知らない自分が恥ずかしく、また悔しくて泣きじゃくった」とある。著者のそのときの気持ちがもろにハートに伝わってきました。 さらに台湾元総統の李登輝氏が寄稿している。かつて台湾人が日本統治時代に学んだ日本精神が台湾近代化の原動力であると述べている。「社会が不安定さを増せば増すほど、歴史の土台にたつ自らのアイデンティティーが重要になってくる。台湾と日本がいかに関わり、どのような歴史を刻んできたのか。とりわけ若い人たちに理解を深めてほしい」と結んでいる。 屈強な中村さんであったが台湾に帰った後はストレスの為だろうか、徐々に体調を崩し、1979年6月に59歳で亡くなった。台湾に帰ってからわずか4年後の事でした。 このことは日本ではほとんど報道はされていない。日本人の多くはこの事実を残念ながら知らないでしょう。 WAR IS OVER・・・ご苦労様でした〜合掌。 July 11, 2009
July 13, 2009
●2008年THE NORTH FACE創設40周年を記念した展覧会『Do More With Less』 先日、梶川さんより久しぶりに連絡をいただいた。個人的にず〜〜〜っと抱いている妄想:)を実現する時には是非相談に乗っていただきたい方で、たまたま、最近、その妄想が再び大きく現れ、個人的に「梶川さん、何してるのかなぁ〜?」と思っていたのでグットタイミングでした。
俺にとっての「TAO」は道教でもあるし、 けど、実は漢字やカタカナひらがな、ABCといった文字であらわすより形「+」「△」「○」で表した方が自分の感じている響きが持つモノ・コトに近い。 それを最初に感じさせてくれた一人は梶川さんの師匠でもあるバックミンスター・フラーでした。その当時からさらに20年ほど前、70年代初頭、中学生だった俺に彼の存在を教えてくれたのは「宝島」でした。このマガジンからの影響は大きい〜若かりし頃の北山耕平さんが参加していた雑誌です。そこで紹介されていたフラーの書いた「宇宙船地球号」という書名と彼がデザインした「ドームハウス」のなんとも宇宙的な美しいカタチにどか〜んとなんだか一発でやられちゃいました:) ちょうど「+△○研究所 ≧ タオリウム」を立ち上げて数年経った頃、当時、小田原に住んでいた梶川さんに出合いました。フラーに会いたかったけど彼は亡くなってしまい、その関係で梶川さんの存在を知り、有り難いことに近くに住んでいました。 興味を持った対象にその道の第一人者ともいえる人に自分が熱いうちに直接会えることは超ラッキーです。 『その時フラーは、若者が学習する場合の4つのプロセスについて話してくれました。 まずは自ら「発電」・・・大事ですね:) ●梶川さん関連WEB
July 28, 2009
先週、お江戸でのワークの合間に浅草+吉祥寺で高校の時の同級生の関係するお店に遭遇。 一つは今半。 そうです〜すき焼きで超有名な・・・浅草の雷門のそばにあるこの店が人形町今半のルーツ。
歴史があるということはそれだけでも価値がある。戦火で昔の建物は焼けてしまったそうだが、当時、すき焼の鍋は黄金の鍋を使っていたそう:)凄っ! 個人的には高校生の時に人形町今半の現社長の高岡くんから見せてもらった写真がとっても印象に残っています。その写真とは、今半に食事に現れたジョン+ヨーコと彼が一緒に写っていた写真。世界を身近に感じました:)ジョン、たまにゃ〜ビーフいただくんですかね?
また、子供の頃大好きだった映画「若大将シリーズ」。主役の加山雄三の役柄は老舗のすき焼き屋の倅という設定。ロケの舞台も別の今半でした。 ご無沙汰だったけど、ここ数年、高岡君とはたまに遊んでもらっています。
先日吉祥寺で北山さんと打ち合わせ後、いきなり思いだしせっかくだから訪ねてみました。
写真は井の頭公園内にある姉妹店ペパカフェフォレスト。素晴らしいロケーション! 吉祥寺のカルチャーを支えているこのお店は世界にも通じています。現在、取り壊されてしまっている最初の店の壁画は、なんと、なんと、このジャケットに使われました。
描いたのは・・・ロンドンのトップクリエイター集団TOMATOを結成する前のサイモン・テイラー。彼のイギリス人の友人2人と彼らを吉田君に紹介したというペパカフェでアルバイトしていた下條ユリちゃん&店主吉田君。ユリちゃんとは個人的にハワイ島ヒロで偶然、遭遇してました。縁は円なり:)ですね。 元になった壁画はこんな感じだったそうです。
ここからはペパカフェのWEBから吉田君のコメントを引用・・・ 『壁画の写真を撮り、サイモン達はイギリスに帰国した。その数ヶ月後にサイモンが「マスター、ビックニュースがあるぜ。」と言ってペパカフェにやって来た。 「あれから、イギリスに帰りSOUL II SOUL のJAZZY B にペパカフェの壁画を見せたら、えらく気に入ってくれて、2枚目の、SOUL II SOUL のアルバムジャケットに使っているよ。 信じられない!!当時 SOUL II SOULは音楽的にもグランドビートを仕掛けて世界中でミリオンセーラー(250万枚)の最高に評価の高い連中だった。その彼らのアルバムのジャケットが吉祥寺のこの小さな店の壁画が元になっているなんて僕ら以外、誰も知らないだろう。 ・・・世界をまたまた身近に感じる話:)なんとも〜いい話:) 吉田君とは10代の頃、特に親しかったわけではないけど、共通の友人たちが多い。これをご縁にあらためてよろしく!とともに近いうちにペパカフェでもっとも玉川っ子らしい:)旧友たちとバカ話に花を咲かせたいなぁ〜その時はよろしくお願いします。 全人教育MAHALO! August 14, 2009
10代半ばから20代後半にかけて影響を受け、またコレクターのごとく書籍を収集していた平岡正明さんが今月6日に亡くなった。 合掌。 当時、平岡さんと竹中労さんは俺にとってのアイドルでもあり、左翼的・アナーキーな言動と文体はまさしくパンク+無頼だった。高校生の頃、竹中さんのお宅に入りびったたり、平岡さんの語りDJ寄席を堪能したり・・・懐かしい・・・ちょい、その頃は頭でっかち左傾きだったけど:)俺のルーツの一つです。 下記、書籍タイトル上げておきますが、新刊本と共に古本屋を巡り、最初の本から1980年代までの著作はすべて持っていました。60年代後半から70年代初頭の本はまんまアートといって良いもの多く、タイトル見ただけで・・・なんともユニークでしょ!
PS PS “Think Cosmically 合掌。 続きを読むOctober 29, 2009
阿部サダヲと荒川良々。
そんな2人が出ていた映画を続けて鑑賞。 阿部サダヲ 荒川良々 この2本、バカバカしいけど・・・日本映画の方が最近は単純に楽しめる:) November 24, 2009
MJは黒人でしたが病気で肌が白くなってしまい・・・人気商売ですから、悩んだと思います。でも結果それを逆手にとって、黒人でもなく白人でもなく人種不明の地球人としか言えないようなハイブリットな容姿になって俺たちにエンターティメントを通して深いメッセージを伝えてくれていました。 例えばこんな唄で このタイミングでこれ、読んでみようかな・・・ GOD BLESS MJ!!! November 27, 2009
栄ちゃん、ロックアーティストとビジネスマンの二つが存在している日本ではユニークな存在。大学生の頃、栄ちゃん狂=教:)とも言えるやんちゃなお客様たちに囲まれ、バイトでコンサートの警備員やったことがありました。 さて、下記ふたたびキャロル。 それは現在、ガイアシンフォニーで著名な龍村仁監督のNHK時代の作品。でもその後、相棒でもあり、同僚だった小野耕世さんとともに一連のキャロルのドキュメンタリー制作(これと昨日アップしたATG版「キャロル」)によるNHK内でのゴタゴタの結果、NHKを追われてしまいました。
その頃は中学生〜高校生だったけど、北山耕平さん編集の宝島で知り、1975年の龍村さんの著作「キャロル闘争宣言—ロックンロールテレビジョン論 」を発売後直ぐに手に入れ、読んだりしてましたね〜いろいろと思い出しました:)
PS December 3, 2009
というわけで〜
December 14, 2009
なにかを生み出す必要性に追われると無性に読書したくなります。乱読超えて・・・癖ですね:)
そのなかで今回はこれを〜「ドラッカー わが軌跡」 大好きなフラーについて書かれている場所。
13章 「テクノロジーの予言者、フラーとマクルーハン」 P266から・・・ 「私は、二人が有名になるずっと前から友人だった。いずれも、最初に会ったのは一九四〇年頃だった。長い間私は、二人の言うことに耳を傾けるわずかな人間の一人だった。 「バックミンスター・フラーすなわちバッキー・フラーにとっては、テクノロジーとは天体の音楽だった。それは人間完成への道だった。彼のいうダイマクシオンは、最大の空間をもたらすデザインだった。」 その後、まだ無名だったバッキーとの交流が書かれていますが、興味のある方は本書を手にとって下さい。「彼らは荒野の予言者だった。しかも、約束の地どころか、オアシスからさえ、はるかに離れた荒野にいた。」「フラーにとっては、テクノロジーとは天体の音楽だった。」・・・というところですでにやられちゃいました。ドラッカーさんも詩人だな・・・ いつも新しいモノやコトは辺境から現れる。 二人から勇気戴きました。 December 16, 2009
楽しみにしていたこれ!
シルク・ドゥ・ソレイユ」の創設者ギー・ラリベルテさんの9月30日から10月11日までの宇宙旅行。10日に行われた世界に向けたメッセージ。ピエロの鼻〜このユーモア、最高!
福岡来てからなんだかんだ忙しない(せわしない)忙しい(いそがしい)日々〜精神的に特に・・・心を亡くすと夢を見失っちゃう・・・でも再び軌道修正して引き続き前に進もう!:) 福岡で2月から講演が始まるコルテオ観劇をアレンジしてくれているmmさんのお陰であらためてこの出来事に遭遇出来て感謝! PS January 11, 2010
70年代ストリートカルチャーの震源として名高い「キングコング」「シンガポールナイト」「クリームソーダー」「ガレージパラダイス東京」など、伝説に残るカフェやブティクのオーナー。30代のうちに推定70億にも相当する財産を築き、俗にいう「有名な経営者」であるにもかかわらず、秘書も会議も社長室もスケジュール帳も経営哲学も持たない。そのかわりに自由な時間とロックンロールバンドを持ち、原宿の「ピンクドラゴンビル」のペントハウスでロマンチックな詩を書いて暮らす。20代の初期、彼はアルバイトの経験から、自分の理想は全て「店」という形で表現できることを知った。 山崎さんの作る店は何よりもネーミングと世界観がオンリーワンのアートです。 そんな山崎さんの自伝が出ました。 20年ほど前に出たもう一つの「成り上がり」ともいえる山崎さんの物語〜永ちゃん本よりこちらの方が禅的:)ですが〜をまとめた原宿ゴールドラッシュ 早速読みました
March 11, 2010
70年代初頭・・・小学生から中学生へ。 70年代半ばから興味の対象が移り、ご無沙汰でしたが、たまになにしてるのかと思ったりしていました。 いや〜アイドルもすっかりおじさんになっていました。 |