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Hideki SHIRASAWA
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Environmentalist
TAO Lab代表
うお座
“Think Cosmically
Act Joyfully"
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●「Love DELUX」Hula Hula5

Hula5リラクゼーションとユーモアとラブ・・・今の時代に望むもの・・・

おまたせの「Kenji JAMMER」最新作

K・U・D・O,LITTLE TEMPO,DRY&HEAVYの内田直之のミキシングによるゆるゆるハワイアン・ダブ・アルバム第5弾発売中!

先日偶然ライブも見れました〜音のみならずキャラもSO~NICEでした+:)和む時、ごっつゃんでした

●「Love DELUX」HULA HULA DANCE 5

さらにKEN-JAを知りたい人に

・旧作〜すべてオススメ!+:)

●「HULA HULA DANCE」

「TOKYO MODERN HAWAIIAN」HULA HULA DANCE 2

「SATURN」HULA HULA DANCE 3

「FULFILLMENT」HULA HULA DANCE 4

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●和民社長 渡辺美樹さんの教育改革

482841158509mzzzzzzz浜野安宏さんもそうだが、すばらしい志をもってビジネスを行なっている方は教育=共育に思い入れが強く、また超忙しいスケジュールにもかかわらず奉仕ともいえる自然学校を定期的に開催している〜「和民」渡辺美樹社長もその一人です。
渡辺さんは本業と同じ気持ちで教育改革とも言える学校経営をはじめています。

・郁文館学園
心ある成功した事業家が教育の道を歩むのは未来の地球にとってとても素晴らしいことだと思います。
子供たちの「賄い」でぜひお手伝いしたいものです。

・DQ =EQ × SQ × IQって方程式サイコ!〜詳しくは・・・
さあ、学校をはじめよう―子どもを幸福にする青年社長の教育改革600日
・もう一冊ご紹介しておきます
父と子の約束―ワタミの成功を生んだ人間哲学の原点

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■地の巻 十勝千年の森再び ダン・ピアソン氏

伊豆より。

話は前後するけど、17日、2週間振りぐらいに千年の森を再び訪ねたんだ。
目的は二つ。

一つは花や野菜の植えられたガーデンがどういう風に変化しているか。この時期、草花はあっという間に成長する。その変化をこのせっかくの機会を使って観てみたかったんだ。

もう一つはSKY TVを観ること。
千年の森にはARTが幾つも置かれている。前回、植物や景観とともにそれらのARTもとても楽しめたんだ。その中でこのARTだけは予約制で今回あらためて観てみたいと思っていたんだ。

千年の森は9時からのオープン。
その日は夜中の2時ぐらいから目が覚めてしまい、車中で写真をアップしたり、自分との対話(ブログ)を書き留めたりしながら6時からの温泉を待っていた。前夜からその浴場のパーキングにいたんだ。

それにしても日本人は温泉の好きな民族だ。朝、6時からの入浴タイムスタートには多くの方が来湯。自分もその内の一人だが、ひとっ風呂浴び、ゆらっくす、させていただいた。

この湯はこのあたりの泉質か薄い番茶のような色をしていて湯の華が舞っている。美肌効果があるといわれているが*モール温泉というそうだ。
またここは昔懐かしい電気風呂の浴槽があってその「シビレ」も体感したかった…15日から再び体調を崩し、結構、キツかった…その養生のために試してみたかったんだ。
でもこの話は別途、あらためて。

9時の開演時間をちょこっと過ぎた時間に到着。入園。その日は天気が良く、また午前中の光は特に美しい。
そんな環境の中でこの森とガーデンで過すのはもうひとつのひとっ風呂〜まさしく森林浴だ。

施設に入るとすぐに小川が流れている林が迎えてくれる。木漏れ日の中、前回来たときより植物はさらに大きく成長しており、花々も前より咲いていた。そのせいか、飛び回っている小虫たちの数も倍増していた。皆、大忙しな感じだった。

黄緑色~緑白色のラッパ状の花が10個〜15個ぐらい付いた子供から大人ぐらいの背丈のある植物がたくさん目に入った。そのときは判らなかったけど、後ほど教えてもらった。それは旭川で採り、食べてみたおおばゆり=トゥレップの花だった。その時はまだ花が咲いてなく、今回、あらためて観ることが出来たんだ。

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そこを抜け、小川の橋を渡るとメドウガーデンやキッチンガーデン、そしてローズガーデン等があるエリアとなる。ここにはオープンカフェやチーズ工房もあり、施設内を動き回るときの起点としていた。

ここの植物の成長振りを観ること。刻々と成長する植物の生命力と人の美を創る力と手の共演ともいえるART of LIVING FORCEを観ることを楽しみにしてたことは先ほど書いた。
2週間しか経っていないのに、そこの景色は大きく躍動していた。
前回よりたくさんの花々がメロディーを唄い、コンパニオン・プランツがハーモニーを奏で、セクシーな薔薇の香りは風に舞い、さまざまな緑たちが自由に踊っていた…日々変化するこの時期に2度訪ねられたことに感謝した一瞬だった。

まだこの時間に来園している方は少ない。
前回、少しお話をさせてもらった新谷さんの姿が見えた。その横に、白人の男性の方の姿が…もしかしてあの男の人はこのエリアのガーデンをデザインした*Danさんかな?なんか写真で見た方に似ている…

植物の成長振りやデザイン等のバランスをチェックするためか、彼がキッチンガーデンに居たこちらのほうに向かって歩いて来た。思い切って声をかけてみた…

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…彼はやはりDanさんだった。今回、3日間仕事でここに来たそうだ。ちょうどその真ん中の日に自分の再訪となった模様。
この機会にこの森を創造管理している彼とその仲間の方達へのリスペクトとエールを伝えた。

世界中で20個ぐらいのランドスケープの仕事を抱えているようで、この週末は上海とのことだった。上海に行く前には京都に寄るそうだが、肉体の休息と仕事の充電になるのではと思った。

たまたま雑誌で読んでいたロンドンテムズ川(たぶん)に架かるブリッジガーデンについて訊ねてみたところ、進んでおらず現在は資金援助を求めているとのことだった。金額も伺ってみたけどポンドで尚かつメモも取らなかったのでどのくらいの額なのかは忘れてしまった…
てっきり、行政や企業がすでに付いているのかと思ったけどなかなかこの時代、どこの世界でもセンスの良い「旦那さま=パトロン」はなかなかいないようだ。

21世紀の大切な開発は「自然」を破壊することではなく、創ることだ。でも、世界的なガーデナーでもあり、実績のあるDanさんですら四苦八苦している。

「過去」の無知を反省し、特に世の権力者やお金持ちがコンクリートや紙を増やすことではなく、自然や木を増やすことに意識が変化し、資本をそういうところに流したら「未來」が薔薇色に染まる。また、持続的循環型の環境や生活、健康や観光、教育や一次産業ルネッサンス等のビジネスといったチャンスも大いにあると思う。

さまざまな多様な生命が乱舞する銀河でも希有な「水と森の惑星」に「今」からすぐにでもなれるのになぁ〜と単純に思う。もちろん、成長生育には時間は掛かるけど…そのプロセスそのものも楽しく、また学びになると思う。そんな「夢」を「カタチ」にする一助になりたいとあらためて思ったんだ。

この出会いの偶然にも感謝した。
なぜなら、カッコイイとか和むとかの感動を与えてくれた人に会える、会うということは二度美味しいという体験だからだ。
最初の感動は結果でもあるコトやモノとの出会い、そして二度目の感動はその原因ともいえるヒトとの出会い〜人類は未熟だけど、人の創造力は素晴らしい。

自分はそういう出会いの体験が多いほうだと思うが、今まではその体験(感動力や人脈)を仕事に活かすことは下手だった〜というか、しようと思ったことはなかった…でもこれからはその体験を遊びではなく、仕事=夢をカタチにすることにも活かせるような器になりたいとあらためて決心したんだ。

そんな願いを、意識して念うことの重要性を今回の旅ではいろんな方から教えられたんだ。ブログ再び始めたことだし、本格的に新生TAO Lab再開させるタイミングかも。

つづく…


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■地の巻 北海道のためのスカイTV Yoko Onoさん

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「北海道と聞いて、すぐに空を思い浮かべました。私は空とのコネクションがとても強いのです。空は、誰が貧しいとか、誰がお金持ちかとか、そういうこととは関係なしにただ輝いていてくれる。空の向こうから来ているパワーみたいなものを私たちみんなが受け取っていると思います。」by オノ ヨーコ

緑で出来た海と波ともいえるアースガーデンを抜けると、暴風林に囲まれた小さな緑の池とも呼べるようなささやかな空間があるんだ。
そこに開拓農家の今にもよろけそうな廃屋がひっそりと静かに立っている。
今は千年の森となった場所はもともと彼らの開拓した牧場だったそうだ。

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そこにYokoさんの作品が4つ展示されている。
ここは予約制で前回は家の外から拝見。今回は中に入れてもらおうと12時を指定されたんだ。

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その作品とは

●北海道のためのスカイTV 1966/2005
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私たちに馴染み深いテレビを通して空のエッセンスを人の目線に持ってきました。いつもは見上げる空が、ここではあなたを見つめています。

●北海道のための「念願の木」 1996/2005
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願い事を書いて枝に吊してください。世界中の「念願の木」から集められた願い札は、*「イマジン・ピース・タワー」 に収納されます。

●雲の曲 1963/2005
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空からしたたり落ちてきた雲の滴を入れておく穴を掘りました。

●青い部屋のイヴェント 1996/2005

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タイトルを含めて16 カ所、 壁、天井、床、窓、家中の色々なところに想像力を刺激する 言葉が書かれています。60 年代、家具も何もないニューヨークのアパートで暮らし始めた頃に発想された作品です。

上記、どのアートも興味深かった。
前衛芸術は一歩間違えると病気ともいえる我の強いものがあり、へきへきするが、彼女のアートにはなぜか自然も感じる。また、哲学やスピリチュアルも。
月並みな言い方だが、ヨーコさんのARTはZEN的だ。

*オノ ヨーコ
DREAM POWER。平和活動家。前衛芸術家。ミュージシャン。そしてジョンの妻、ショーンの母。世界で一番有名な日本人。「ビートルズを解散させた女」としてパッシングを受けまくっていた女性…中傷や差別に負けない地球人。そして、宇宙人。

小学校の5年生になった頃、ビートルズを知ったんだ。ガキだったけど、一発でハマっちゃって、それ以降、それは今だに、で、飽きたことなんてないんだ。聴き続けている。

当時、4人の中で一番惹かれていたのはジョンだった。彼のやんちゃな怒りと悲しみの闇に共鳴していたと今は理解している。だからジョンが愛してるヨーコさんの存在を彼を通して小学生だった自分は知ったんだ。

当時のレコードは宝物だった。値段も高く、自分のお小遣いではそう易々とは買えないものだった。でもマセガキだった自分はヨーコさんのファースト「ヨーコの心」とセカンド「フライ」を順次買ったんだ。

彼女の音楽性ではなく、世界で活躍している日本人という存在と前衛芸術家としての作品ともいえるコトバに子供心にやられちゃっていたんだ。それは今でも同じで、彼女の存在そのものがニッポン代表でARTだと思う。
当時は難しいもの、判らないもの(笑)をあえて聴くということを楽しみにしていたけど、今の自分はそんな時間は残されていない(笑)。

余談だがその頃、もう一人コトバのアイドルがいたんだ。それは寺山修司さんで、やはり小学校の5年生の時に彼の「家でのススメ」をまず読んで…どういういきさつで彼の存在を知ったのか?…たしか熱海市内にあったセリザワという小さな書店でそのタイトルの文庫本が目に入り、その装丁(たしか林静一さん)とともにタイトルに惹かれ、気に入って…
それから「書を捨てよ 街に出よう」と次々に順次著作を読み続け、20代半ば頃までいつも自分の生活の中に彼の作品(演劇や映画や写真も含む)があったんだ。自分のその後のライフスタイルを思うと「潜在意識」というかさらにその下にある「無意識」に出会いのタイトル=コトバが相当根を張ったと思う。

影響を受けるとはそういうことなんだ。

数年前にそんな憧れのヨーコさんと同じ空間にいる機会があった。
10代から20代にかけて仲良く遊び&刺激を与えてくれていた友だちが現在ヨーコさんと一緒に音楽を創ったりしてるんだ。その彼女の結婚パーティが湘南で行われた時にヨーコさんも参加していて。
でも緊張して、小学校以来の憧れの人が目の前に居たのにこの時は一言もコトバを交わせなかった…「夢の力」が機会を創ってくれたのにコトバを発することが出来ないほどに緊張していたんだ、マジ。

偶然だけどその彼女と同じ名前が「念願の木」にぶら下がっており、なんだかそんなコトを思い出しつつ、自分の念願をその横に結びつけたんだ。

「一人で見る夢はただの夢だけど、一緒に見る夢は現実になる」 by オノ ヨーコ

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「さあ想像してごらん みんながただ平和に生きているって...」 by ジョン レノン

PS
ユカ、元気かな?こちらは御陰様で。
新譜、良かったヨ!
こちらも、ナイスセレクト!!

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■日の本の人間

人間のことをアイヌ語で「アイヌ」っていうんだ。
俺も貴方もだから「アイヌ」なんだ。


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■大きな和の人間

人間のことをアイヌ語で「アイヌ」というんだ。
世界中の人が皆「アイヌ」なんだ。

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■赤城忠治さん

忠治: 「赤城の山も今夜限り、生まれ故郷の国定の村や、縄張りを捨て、国を捨て、可愛い子分のてめえ達とも 別れ別れになるかどでだ。 」

赤城山といえば国定忠次、国定忠次といえば名月赤城山。

年末、縁あってこの赤城山&国定じゃないけど群馬県妙義山の麓に住む赤城忠治さんを訪ね、数日一緒に過ごしたんだ。この名前の響きは忘れるはずはない、日本人だったら。またあの時代のポップでアングラで、夜遊び大好きなカルチャー小僧なら。

赤城忠治さんは1980年前後、自分が大好きだったニューウェーブテクノポップ東京シティーを代表するバンドFILMSのリーダーだ。このバンドには当時同世代の若き凄腕+センスの良いメンバーが集っていた〜またもちろんその回りにも。

一枚限りのアルバム「MISPRINT」は我が愛するその後入社することになるコロムビアレコードからドロップされていた〜自分はちょうどその頃二十歳だったんだ。
当時はダブやパンクとともにニューウェーブ&テクノポップが大好きだったし、昔からだけどニッポンの音も大好物。当時のコロムビアは自分にとってたまらない音波を世に放っていたんだ。

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世界の極東、亜細亜の小さな島国〜当時の東京はまさしくTOKYOではない昭和元禄といってもよいある種の絶頂を迎えていた。その後、東京はTOKYOとなり、バブルが弾け…また20世紀の終わり、俺たちは右肩上がりの経済がマジックだと知り、地球が有限だと思い知らされる…そんな未來を予見していたかのようなジャケや歌詞〜「あら!未來?」という帯が今思うと意味深い。

昨年、20年来の友、国立&西麻布中一素食店のリーさんに用事があり、電話。その時に彼が

「今、ワタシのニッポンのおニィさんといっているカタと一緒です。その方はミュージシャンで、アカギさんといいます。」
「エッ〜アカギって赤城忠治さん?FILMSの???」
「FILMSは知らないけど、そうです、アカギチュウジさんです。」

〜というわけで、赤城さんと初会話。

なんでか赤城さんがベジタリアンということを前に俺は知っており、音楽のみならずライフスタイル的にも興味深い存在だったんだ。

その後メールのやり取りがあり、お互い、有り難いスピリチュアル+ぶっ飛んだ宇宙的な不思議リアル体験をしていることがわかり、興味津々。近いうちに会おうとなった次第。

高崎や軽井沢はその昔何度か訪ねたけど、富岡や妙義山のあたりはお初。高速走って、目の前に現れた富士山のようなカタチで雪化粧を纏った山とその横に聳えるギザギザな山には目を奪われた…じわ〜っと興奮、観たことないようで観たことあるようなデ・ジャブ感〜それはまさしく旅の醍醐味のひとつだ。
富士山のような山は浅間山、例の連合赤軍の。またギザギザ山は妙義山だった。

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(写真は秋の妙義山)

妙義山、異形だ。その山の麓に赤城さんは居を構えていたんだ。

赤城さんは最近鎌倉であらためて紹介された高木完ちゃん主演(彼の東京ブラボーも1980年初頭当時の大好物でした。センス、よかった。)のこの映画に関わり、その後、その映画の同志ともいえる手塚眞氏のプロダクションに所属。(代々木にあるこの事務所の横に東京安楽死やっていた時に自分が偶然住んでおり、一度手塚氏と立ち話したのも今思えばご縁だ。)
が、表立っての派手な活動は結果していない〜フィルムスの後はクレバー・ラビット、そして初のソロ、それらは10年に一度の皆既月食ともいってよいようなペースだ。彼が伝説の…といわれる所以。

はじめてこの目で見た赤城さんはグラムロックだった。

そしてじっくり話した赤城さんはポップで任侠、プログレでジーザス、さらにフォーキーで観音だった。
この表現、読む方に赤城さんが誤解されなきゃ〜よいけど…俺にとっては全てツボなんだけど 笑。

2日間、味噌のような不思議な味のある話やクソのような笑っちゃう馬鹿話も踏まえ、交歓、楽しかった。有意義だった。
昨年の締めくくりの話が本年からのスタートに繋がることを願って。この時の話はこの後の活動で結果、皆にお披露目出来たら…

というわけでユーチューブに唯一アップされていたこの曲を〜1番思い出の深いディスコというかクラブのハシリであるクライマックスを思い出すようなサウンド。

●おまけ
なんか元旦の夜、久しぶりに長くなってしまいましたが、さらに…

忠治: 「赤城の山も今夜限り、生まれ故郷の国定の村や、縄張りを捨て、国を捨て、可愛い子分のてめえ達とも 別れ別れになるかどでだ。 」
貞八: 「そういやあ 何だか 嫌に寂しい気がしやすぜ。 」
巌鉄: 「ああ、雁が鳴いて 南の空へ飛んで往かあ! 」
忠治: 「月も西山に傾くようだあ。 」
貞八:「 おらあ 明日からどっちへ行こう? 」
忠治: 「心の向くまま 足の向くまま、あても果てしもねえ旅に立つのだ。 」
巌鉄・貞八:「 親分!」

…忠治: 「心の向くまま 足の向くまま、あても果てしもねえ旅に立つのだ。 」
赤城さん、あらためて第四コーナー廻った〆の人生TRIP一緒に楽しみましょう:)

PS
「忠治=チュウジ(正確には忠次)」とは俺のお爺ちゃんの名前でもあります。ちなみにその息子である父は「忠成」。
今日、あらためて知ったんだけどそのお爺ちゃんは福島須賀川郡山あたりのテキ屋の親分?(兄貴分?)だったそうです。何してたかも知らず、早く亡くなったので会ったこともないけど。
神様の存在は信じるけど、宗教団体は大キライ、同じように仁義憧れるけど、ヤクザな組織は大キライですが〜お爺ちゃんと話してみたかった。

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■父 白澤忠成

本日は父の命日。
歿1976年1月4日42歳。

俺は当時15歳だったけど、あれから40年。
御陰様でお袋は元気ですが、父もあの次元で元気なこと祈ってます。

ものごころついた頃からお父さん、仕事と遊び(そうとうな遊び人だった模様)で忙しかったからほとんど家に居らず、会う機会+話す機会全然なかったけど、映画や読書を好きになったのは父の御陰です。その二つは随分と自分の人生の糧になっています。ありがとうございました。

一見、893さんのような父ですが、魚屋の親父は威勢が大事。
気っ風よく、知恵があり、愛嬌のあった存在だったと憶えています。
でもゆっくりじっくり男同士、話を聞いたり聞いてもらったりしたかった。きっと、オヤジの体験生きざま面白そう。

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本年はまた、尊敬する人物家康公が亡くなって400年。
40年、400年、2015年は自分にとっても節目になるような年になったらいいなぁ〜。

凸凹でおバカな俺をいつも助けてくれてありがとうございます。
お袋と山田屋(実家)、そして瞳と俺のこと引き続き見守っていて下さい。
合掌。

PS
同じ次元にいる可愛い末っ子の妹、理絵にもよろしく伝えて下さい。
合掌。

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