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Hideki SHIRASAWA
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Environmentalist
TAO Lab代表
うお座
“Think Cosmically
Act Joyfully"
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■無知+思いやり

「無知の知」
他人の無知を指摘することは簡単であるが、言うまでもなく人間は世界のすべてを知ることはできない。ギリシアの哲学者ソクラテスは当時、知恵者と評判の人物との対話を通して、自分の知識が完全ではないことに気がついている、言い換えれば無知であることを知っている点において、知恵者と自認する相手よりわずかに優れていると考えた。また知らないことを知っていると考えるよりも、知らないことは知らないと考えるほうが優れている、とも考えた。
なお、論語にも「知るを知るとなし、知らざるを知らずとなす、これ知るなり」という類似した言及がある。

「無知の罪」
一方で、無知を罪とする見方もある。たとえば文化の異なる集団の間でやりとりをする場合、その違いを把握しておかねば、無用な衝突を生じる場合もある。可能な限り、相手に対する知識を得るのは必要にして当然の処置である。たとえば生麦事件のようなことすら起こりかねず、その場合に「知らなかった」では通用しないことはままある。

〜すべてWikipediaより引用

一昨日は雨のために外でやる予定だったワークが中止。
鉛色の午後、雨音を聴きながらこれを観たんだ。

いろいろ考えさせられた。
結果、人類の意識の進化に希望を持つ。とともに個人的に反省することもあり…

「無知」いう言葉が浮かんだんだ。

「無知」のまんまでは “罪”を上塗りしてしまい、罪を犯したことを“知”ることにより自省し、改められれば成長も出来る。

そして「思いやり」という言葉も浮かんだ。

翻って〜テロは言語道断。でも「表現の自由」は大切だけど、「ペンは剣より強し」、といってもそのペンを使う人が「無知」で「思いやり」がないとそれも武器のひとつとなり争いの火種になる。さらにこちらが「善」で相手が「悪」だと決めつけ、お互いが怒りと怨みでそう信じ込んでいたら堂々巡りだ。

本当の「善」は相対的なものではなく、絶対的なものなんだろう…言葉を変えれば「愛」なんだろう…

「思いやり」を調べていたらこれを見つけた。
思いやりと個人 “COMPASSION AND THE INDIVIDUAL”
ーダライ・ラマ 1991年ー

でもこの次元で生きている未熟な自分にはそれを頭で理解出来ても、行動や生き方として現すことはなかなか出来ない。卑下はいかがなものかと思うけど、無明な自分はどうしたらいいんだろう??

自分の問題とその集合体である世界の問題。
問題はあってもいいと思う、なぜならそれは進化のための一つのきっかけだから。

でもどうしたら?どこから?ってグルグル廻る。
お手軽に解決出来ることは問題とは呼ばない。

だから、ここのところシンプルに祈ってるんだ。
「助けて下さい」と。あと「お願いします」って。

大好きなアマチの最近の言の葉を。
「人間の頭脳は、宗教やカーストや言語や国境の名のもとに、数多くの分断を生み出してきました。すべてを包み込む純粋な愛の橋を創り、自分たちの創ったそれらの壁を打ち壊しましょう。」
ーアマチ 2014年スピーチ@ローマ ヴァチカンー

ダライ・ラマやアマチ、同じ時代を生き、自ら世界を廻って語りかけてくれる…在り難い存在ですね〜マジで:)

生命(イノチ)の奴隷化が無くなりますように。

by tra