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September 1, 2010 Archive
■長倉洋海さんとマスード司令官

先日、湯葉修行をしていたことをちらっと報告。

湯葉作りは京都ではなく、伊豆修善寺にあったある工房でお世話に。
当時、故郷熱海に居を構えていたので引っ越しすることもなく、早朝というか夜中に毎日1時間以上かけて車で通っていました。

そこでは元気のいいおばちゃんたちが汗だくになって働いてた。
その中にまだ10代の異国の男の子が…
彼はタリバン政権からたった1人で幾多の危機を乗り越え、亡命をしてきたアフガニスタン人だった。
なんでこんな田舎にいるのか?なんで湯葉なんか作っているのか?
ご縁とは不思議なもの。
とても器用な、とても賢い青年でした。
またなかなかの美男子でもありました。

先日、お江戸のある集いで長倉洋海さんのお話とスライドを拝見する機会がありました。

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長倉さんはソ連軍との戦いで「パンジシールの獅子」と恐れられたアフガニスタンの英雄の1人、希代の名将マスードと深い交流があった戦争カメラマン。

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マスードはその後、反タリバン連合救国イスラム統一戦線(北部同盟)最高司令官として、パキスタンの傀儡政権といわれていたタリバンと激しい戦いを繰り広げました。その軍事的才能だけでなく、人柄の良さからも彼は多くの人々に敬愛され、アフガニスタン人による自由で平和な祖国の建設、それが彼の願いでありました。

2001年9月11日(日本時間では9月12日だったとおもいます、13日だったかな〜普段TV見ないのですが)、ちょうど湯葉屋に向かう早朝、TVをつけたらあのNYでの映像が画面一杯に放映。
たまたま音声を絞っていたので「なんなんだ、これ???」が最初の感想です。

アメリカ同時テロ事件の2日前、同年9月9日、ジャーナリストを装った自爆テロによりマスードは暗殺。彼の暗殺は米テロ事件と密接な関係にある事は疑いないでしょう。

偶然にも最近思うとこあってタリバンについて本を読んだり、調べたり。
彼らも祖国の平和を願っていたと感じました。でもある時からどこからか「魔」がさした…

きっとこれらの一連の事件は同じアフガニスタン人、イスラム人である彼らの戦いではなく、民族や国家を超えたもっと大きな、もっと邪悪な思いを持つ輩通しの争いでしょう。

長倉さんはそのアフガニスタン始め、エルサルバドルの内線やアマゾンの先住民や環境破壊、シルクロードの国家を超えたグラデーションの世界などでの実体験を語ってくれました。それは戦争や貧困体験のない自分にとっては理解を超えている現実。

毎度のことながら感動したり、疑問に思ったりしたらそれを探求するのが生活観光です:)
〜早速、いくつかの長倉さんの書籍も拝読し始めました。

●マスードの戦い
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●ぼくが見てきた戦争と平和
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●地を駆ける
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21世紀は世界平和の小さくて大きな一歩を地球人としてそれぞれが己の人生を通して模索実践する時代では…
確かなことは本当の豊かさは社会が、平和は国家が与えてくれるものではないということ。
また、答えはどこにもありません。

心身ともに健康を目指す個人の日常茶飯事の営みとその集合意識がきっとそれを実現させるうねりを生み出すことでしょう。

あなたは何を目指し、何をしたいですか?

ありがとうございます、長倉さん。
また機会を作ってくれた皆様。
湯葉屋で一緒だった彼は今頃どんな生活をしているのだろうか? 

| Comments (0) | TrackBack (0) | Category : Person | by tra