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July 1, 2009 Archive
■中村輝夫さん、憶えてますか?

横井庄一さん小野田寛郎さん・・・今から37年・35年前にグアムとフィリピン ルバング島で見つかった元日本兵。横井さんは軍曹、小野田さんは少尉でした。小野田さんが見つかった1974年の暮れも押し迫った12月26日、インドネシアのモロタイ島でもう一人の元日本兵中村輝夫さんが発見されました。

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インドネシアで見つかった元日本兵の中村さんは内地出身で職業軍人だった横井さん・小野田さん2人とは決定的に立場が違っていた。日本名は中村輝男といいますが、彼は台湾先住民族のアミ族出身で、本名でもある民族名はスニヨンさんと言います。終戦を迎えるまで台湾は日本でした。戦争末期、高砂義勇隊として台湾少数民族は日本軍の一員として戦地に出兵していました。この辺りはハワイやメインランドに住んでいた日系2世と同じような境遇で、悲しいかな2等国民として最前線に送られるために戦死者の割合が多いという悲惨な事実もあります。発見された当時、日本と台湾の間には国交は無くなっており、しかもその元日本兵は台湾出身であるが故に、戦後、日本国籍を失っていたというなんともな話です。彼は結局台湾に帰還し、3番目の名前、李光輝となりました。帰国後、さらに辛い事実が彼を待っていましたが、それは機会があったら自分で調べてください。

先週台湾で片倉さんと語っていた時に彼の名前が出てきて、思い出した次第です。なんか、あらためて心に刻まれてしまい、帰国後、彼について書かれている「還ってきた台湾人日本兵」を手に入れました。先ほどから読み始めています。まだ途中ですが、目がうるうるとなってしまう記述多く、今度台湾行ったら台北から南に下り、もう一つの台湾、もう一つの日本をこの目で見て感じて、願わくばお年寄りと交流してこようと思っています。

現代の日本人及び多くの地球人が忘れてしまった勇気・勤勉・奉公・自己犠牲・責任感・清潔感といった素養や気質を少しでも学ばせてもらいたいと・・・凸凹な自分が言うのも何ですが、そんな気持ちにさせていただきました。

PS
本の「あとがき」に書かれている以下のことにいたく感動を覚えました。〜あとがきから読む癖があります。

著者が取材に当たって協力してくれた台湾の関係者と食事をしているとき、「ふとたがが外れた。自分でもまったく予期していなかったのだが、どうしても涙がとまらなくなった。かつては日本であった台湾のことをこんなにも知らない自分が恥ずかしく、また悔しくて泣きじゃくった」とある。著者のそのときの気持ちがもろにハートに伝わってきました。

さらに台湾元総統の李登輝氏が寄稿している。かつて台湾人が日本統治時代に学んだ日本精神が台湾近代化の原動力であると述べている。「社会が不安定さを増せば増すほど、歴史の土台にたつ自らのアイデンティティーが重要になってくる。台湾と日本がいかに関わり、どのような歴史を刻んできたのか。とりわけ若い人たちに理解を深めてほしい」と結んでいる。

屈強な中村さんであったが台湾に帰った後はストレスの為だろうか、徐々に体調を崩し、1979年6月に59歳で亡くなった。台湾に帰ってからわずか4年後の事でした。

このことは日本ではほとんど報道はされていない。日本人の多くはこの事実を残念ながら知らないでしょう。

WAR IS OVER・・・ご苦労様でした〜合掌。

| Comments (0) | TrackBack (0) | Category : Person | by tra