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Hideki SHIRASAWA ![]() Environmentalist TAO Lab代表 うお座 “Think Cosmically Act Joyfully" More Profile Web:http://www.taolab.com Mail:alohahideki@taolab.com calender
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June 10, 2009
「つまり、客をホッとさせる態勢がまるで出来てないのよ。新幹線の駅前は。1960年代から時代が止まってしまったように寂れているし、タクシーやバスもしけてる。ホテルの対応に至っては、最悪。ホスピタリティどころか、泊めてやっていると言わんばかりよ。これじゃあ、落ち着けない。ホント、立地としては最高よ。東京からも近いし風光明媚だし、最近急成長しているアジアのリゾート王にでもプレゼンしたら、街ごと買ってくれるでしょう。それぐらいの規模でテコ入れしないと、この街は生まれ変わらないわ。第一見てよ、ここからの海の眺め。何であんなところにコンクリートの無粋な駐車場や看板があるのよ。私達は、海と緑を見に来たのよ。これじゃあ、風情もあったもんじゃない」 1997年9月29日 熱海・・・と書き始められた第2章の2。 「おっしゃる通りだな。俺ももう少し期待したんだが、ここは、街ごとの再生以外、投資する価値なしだな・・・以下略」 舞台は熱海国際観光旅館「金色屋」の最上階にある7階にあるレストランでの朝ご飯での会話。ここはバルクセールで買い取られた債権物件の一つ。小説ではあるが「金色屋」のモデルになったであろう旅館は俺にとってはリアルな場所。表玄関から裏の勝手口まですべて思い出すことが出来る。もちろんここ一軒ではなく、他の物件や要素を組み合わせて構築していますが、まさか、小説に使われているとは思わなかった。 1997年の10年前と言えば1987年、この頃からバブルがいっせいに吹き出した。俺は当時食品工房でもある家業を継いで間もなく、専務だった。時代はバブルのピークに向かってイケイケで、10代からのお江戸生活から10数年ぶりに帰ってきたこの頃、地元でもあるが外様でもある俺にとって、街上げてのなんだかわからないドンチャン浮かれ気分は天の邪鬼な俺にはなじめるものではなかった。 その2年後、1989年年明け早々、我が身の不徳の致すところと今の自分に繋がるスタイルが内面で確実に芽が出てしまい、バブル崩壊より一足早く自分が破裂もしくは発芽:)いきなり、家業を外面は首〜内面はドロップアウト。 あれから・・・今は2009年。当時熱海で破竹の勢いだった人々は見る影もなし・・・「諸行無常の響きあり。 娑羅双樹の花の色、 盛者必衰の理をあらはす。 おごれる人も久しからず、 唯春の夜の夢のごとし」とはまさしくこのことです。 ひるがえって己はと言うとそれから20年、内面+外面、日本+世界、いろんなとこ行きながら、いろんな人に会い、いろんなこと遣りながら、いろんなこと感じ、気づき・・・今は福岡。いや〜打ちのめされたことももちろん何回もありますが、どっこい、御陰様で:)なんだかんだ好きなことやり続け、広げ、深め・・・ホント、有り難いものです。 たまたま昨日、「ハゲタカ」読み始める前に目にしたあるマガジン
昨日はROCKの日、熱海の短所+長所をあらためて指摘された日。
PS PS2
by tra
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およよ ちゃんとに行ってないけど先日別府のそば通りました。似てるよね〜いろんな意味で。でも熱海の方がスモールです。 |