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本日の一冊

全人教育=玉川学園創立者はどのような人間・教育者だったのか? 身近かで薫陶を受けた著者が語る小原國芳先生の姿。

*TAO LABより
楽しみにしていた書籍が届きました!

今世を生きる上で何度か書きましたが三人の大恩人がいます。
10代、20代、30代とひとりづつ〜玉川学園創立者の小原國芳先生は10代、一番最初の大恩人です。
小原先生が理念として、また具体的に目指していた教育〜大正デモクラシー期の教育改革運動である大正自由教育運動のなかで生まれた「全人教育」。

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「全人」という語は、大正10年(1921年)に開かれた「教育学術研究大会」での自身の演題を考える過程の中で、先生が考え出した言葉です。先生はその「全人教育」を実現実践するために昭和4年(1929年)、玉川学園を創設しました。

全人とは先生の説明を借りれば、「全きヒト」(the whole man)という意味であり、教育の目的は、人間文化の6つの要素である宗教、学問、道徳、芸術、身体、生活について、それぞれの理想である「聖」、「真」、「善」、「美」と、それを支える補助的な価値として「健」、「富」を備えた完全で調和のある人格を育むべきであるとするものです。

この理念のために、従来の教育で欠けていた道徳、芸術、宗教とともに労作+自由研究を重視しました。

実感している補足説明をさせてください。
現代の宗教は教祖と信者の唯物的な依存関係で運営されているものがほとんどです。先生の云う宗教とはそのような型や互いを縛り合うような不自由とも呼べる団体である宗教に所属することではなく、ひとりひとり自立している個人としての自由闊達な「信仰心=依存ではなく感謝」を育むというものだと思っています。

全人教育とはその「全きヒト」を支える精製された神性=精神を育み、育てる教育のひとつだと確信しています。

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この理念に思春期の時に共鳴共振出来たこと〜その後の凸凹波瀾万丈な人生を送る上でヤジロベェの軸の如く、それがあったが故になんとかここまでこの人生をやり続け、生きてこれたと確信しています。

『身近かで見た小原國芳先生』
:潟山盛吉 + 石橋哲成
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玉川学園創立者はどのような人間・教育者だったのか。
身近かで薫陶を受けた著者が語る小原國芳先生の姿。

玉川学園創設者・小原國芳の随行秘書を務めた石橋哲成が、身近で見たその人間像を語る「体験的小原國芳論」。潟山盛吉『小原先生と共に』からの抜粋や豊富な写真を加え、成城学園からの独立、玉川学園創設そして逝去までの小原國芳の後半生を描く。教育史や教育思想に関心を持つ人々にとって貴重な回想録。

第一部では、50年にわたり運転手を務めた潟山盛吉の手記を基に、成城学園時代から玉川学園草創期までの小原國芳の姿を綴り、第二部から第四部では、随行秘書、授業助手として接した石橋哲成(玉川大学名誉教授)が、体験を通して見た晩年の17年間の姿を描く。
教職員や卒業生だけでなく、在校生、父母、玉川学園に関心を持つ全ての人へ。


[目次]
はじめに

第一部 成城・玉川草創期に見た小原國芳先生(1925年~)[潟山盛吉]
1 「やあ、オハンカ、潟山君というのは!」:小原國芳先生との出会い
2 草創期のころの成城学園と小原先生:成城幼稚園、旧制成城高校の創設
3 澤柳政太郎先生と小原先生:成城学園の産みの親と育ての親
4 成城のスクールバス運転手として:小原先生と澤柳校長に感謝する
5 小原先生のランシング先生への情:鹿児島時代にお世話になった宣教師を招かれた先生
6 「自分の力で学校を始めたい!」:小原先生の新しい学校建設への夢
7 新しい学校建設の下見検分に:小原先生の夢の学校建設への準備
8 南多摩の地に玉川学園を開校:夢の実現のために経営難に立ち向かった小原先生
9 「玉川学園」という名称について:何故に「小原学園」ではなかったのか?
10 小田急との衝突事故:小原先生と生死をともに
11 波多野精一先生と小原先生:玉川大学誕生に際し京都帝大時代の恩師を招聘
12 同窓生からの贈り物、シボレー号:小原先生の講演のお伴として活躍
13 「何をするにも汐時ということがある」:玉川苦境のときの小原先生の決断
14 小原國芳先生と奥様:たまの旅行も原稿書きのお伴
15 弟子への情厚き小原先生:斎田喬先生への場合

第二部 玉川学園生徒・学生時代に見た小原國芳先生(1960年~)[石橋哲成]
16 「玉川に来るか? 待っとるよ!」:
   小学生の心までも動かした小原先生の言葉の威力
17 「神と人から愛される人に!」:小原先生の中学部入学式での祝辞
18 礼拝時の心に残る小原先生の講話:「求めよ、さらば与えられん!」を中心に
19 「教えられた知識より、自ら掴んだ知識が貴い!」:小原先生の自学自習の教え
20 「馬鹿になれ、馬鹿になれ、大バカに!」:
   中学部時代の「オヤジ当番」の思い出
21 「only one, only onceの命を大切に!」:玉川塾の誕生会における祝辞
22 「オーストラも学生の手でやりたい!」:小原先生の笛に踊った塾の大学生たち
23 「オレの教育を水で流すのか!」:トイレが水洗に変わる際の小原先生の一言
24 玉川学園住宅地に響くクリスマス・ソング:
   クリスマス・キャロリングの思い出
25 「鮎は瀬に住む、......人は情けの袖に住む」:高等部卒業式での小原先生
26 「天分教育」としての「全人教育」:
   小原先生の「全人教育論」の基底にあるもの
27 「道徳は自然の理性化だ!」:小原先生の「道徳教育」の根底にあるもの
28 通大スクーリング中の小原先生の奮闘:約1カ月のオヤジ当番から見えたもの
29 「絶対帰依の感情」と「逆境即恩寵」:小原先生担当の「宗教哲学」での学び

第三部 随行秘書時代に見た小原國芳先生(1970年~)[石橋哲成]
30 「今は休み時間だから、いいんだ!」:中学部を訪問された際の一コマ
31 「子どもは遊ばないと馬鹿になる」:小原先生の幼児教育論の根底にあるもの
32 「便り(頼り)のある人たれ!」:講演旅行のお伴の必需品は礼状用の絵葉書
33 「長いことお世話かけたな!」:
   最後まで重い荷を背負って生きられた小原先生
34 「見てみい!日の出が綺麗だよ!」:普代の国民宿舎から見た太平洋の日の出
35 「一病は長寿の基」:病気で長欠の児童・生徒に送られた色紙
36 小原先生のお伴で佐世保へ:川棚で恩師朝永三十郎先生の生誕地を訪問
37 「もらった学生にとっては、一分の一だ!」:
   卒業記念品を揮毫された際の小原先生の一言

第四部 教育学科助手時代に見た小原國芳先生(1971年~)[石橋哲成]
38 「服装はしばしば人格を宣言する」:
   小原先生の大学1年生相手の授業(「全人教育論」)での一コマ
39 「教師は水車たれ!」:小原先生の教師論の神髄
40 「悔い改められた罪ほど美しいものはない!」:大学生への礼拝説教の一コマ
41 「理想の教師も全人であってほしい!」:
   世界新教育会議において「師道」を講演
42 命懸けで出席された卒業式:小原先生にとって生涯最後の卒業式
43 「宗教は力強くつかんで!」:小原先生からの最後の言葉におもう
44 「教壇で死なせてくれ!」:満90歳で通大夏期スクーリングの授業
45 「小原國芳先生顕彰碑」が建立される:枕崎市立桜山小学校の校庭に

おわりに
付録 本文中に出てきた「人物」のミニ解説

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令和の改新、地球イッシンの今、未来の日本本来のシン・教育を考える上で小原國芳先生=全人教育は大いに参考になると思います。
ぜひ、他の著作とともにご一読くださいませ。

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