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青山堂運歩 by 川島陽一

青山常運歩その2

ひとは普通、山は流れないと了解しています。

道元こそ、その固定観念をくずすこと、つまりは「山は流れるを考えよ」といいます。だがしかし、その次にひとは、「山は流れる」に慣れてしまう。そのため、道元は「山は流れないと考えよ」というのです。
すべては、固定観念にとらわれぬように、固定観念にとらわれるわたしたちの認識への挑戦なのでした。

道元によれば、真理をからだで受けて得るところの、いわゆる修めて行ずるところの、「修行」に一番必要とされるものは、「導く師」であります。正しい、「師」に面接をし、その「ひと」を見ることこそが大切なのです。この情報多き現代において、何を学び、だれを師とするか、と自ら自問するとしたときに、迷わずわたくしは、「道元」を師とするでしょう。

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ただの一介の整体業者に過ぎないわたくしは、禅の修行者である道元を師とするなど、明らかに、大それた物言いであることを、だれもが疑いを待たぬことは明らかではあるものの、少なくとも整体を初めてから二十六年がたたんとする自分の境遇を顧みて、しかも、ダニエルデイヴィッドパーマーのカイロプラクティックを知ってからは、整体の窮極を求め永遠の理想を把捉することを、できなければならないのだ、と考えるのです。

「道元」を師とし、この師にしたがい、一切の縁を投げ捨てもして、精進し、「真理」の神髄を体得したとするならば、幸いであります。

また、道元はこういう、自らの修行は自らのためではない、自他を絶する大いなる価値の世界への奉仕である、と。「身を仏性に任じ」、「仏性につかはれて」為さしめる所、すなはちただそれ自身を目的とする真理のはつどうにほかならぬ、と。

道元は、大陸へ留学し、「如浄(にょじょう)」という師に出会います。如浄は「名を愛すること」を「禁を犯すこと」よりも、悪(あ)"し"とする人であったといいます。道元はいいます、「まのあたり先師を見る、これ人に逢うなり」、と。

『涅槃経』に「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」とあります。衆生の内(心)も外(肉体)もともに同じく仏性であって、この仏性に対立する何"物"もない。釈迦の平等の思想と、キリスト教の「神の前での万人の平等」の思想は、あきらかに、同じものでありましょう。「一切衆生悉有仏性」=「衆生に悉(あまね)く仏性が有る」「衆生、悉く仏性を有する」「普遍的実在」を意味すると了解するものです。

「悉有は仏性なり。悉有の一分を衆生といふ。正当恁麼時(しょうとういんもじ)は、衆生の内外、すなはち仏性の悉有なり。」悉有=All sein=一切の存在、従ってそれは一切を包括することであります。衆生も仏も、ともに「悉有」の一部分にすぎないのです。まさに、『聖書の神を超えない限り、この世界は救えない。仏陀の知を超えない限り、人間は開放されない』のだ、と思います。

道元は、「悉有」の「有」を 絶"対"的"な「有」として、最も深い意味での「自由」を指し示します。無私の夢を実行する透明な人格者をも現すのです。

わたしたちの「心」は宇宙の本体である「霊知=ユニヴァーサル・インテリジェンス」の現われであり、そこには凡と聖の区別はない、とするならば、そこに「神を超え、仏を超える」ことは、現実のものとなりましょう。悉有あるいは無の無が心であり、この絶対的意識において、山河大地がそのまま心でありまた、山河大地が心であるのです。

道元はまた「道得(どうう)」という。「道得」すなはち、「道(い)い得(う)る」。真理の表現、真理の獲得を道(い)い得(う)るのです。道の主体的・能動的な活動は、つまり、ロゴス(道=神=ユニヴァーサル・インテリジェンス)の自己展開となる。プラトンの「イデア」のごとく「道得」が働く。道得が内より産み出す開展(イネイト・インテリジェンス)の過程でもあります。

さらには、道元の「身心脱落(しんじんだつらく)」こそはギリシア哲学いうところのaufhebe=弁証法、であります。絶対精神の創造的な自己活動は、単に弁証法的な必然性として現われるのではなく、不純な要素の一切を包括する生活全体をもってする弁証法的開展として現われるものであります。仏法とはまさに、矛盾的対立を通じて展開する思想の流れなのであります。

さて、道元は「葛藤の把握を裁断する」といいます。葛藤とは、つたやふじであります。一般の参学者は、「葛藤の根源を裁断する」という参学には向かっているものの、「葛藤をもて葛藤をきるを裁断といふと参学せず。葛藤をもて葛藤をまつふとしらず。いかにいはんや葛藤をもて葛藤に嗣続することをしらんや。嗣法これ葛藤としれるまれなり。きけるものなし。道著せるいまだあらず。」

つまるところ、道元の思想には、葛藤を回避することなく無限なる葛藤の連続に対して、まさに、矛盾対立に弁証法的に展開する思想こそが仏法であるという、禅宗の非論理的傾向(不立文字、教外別伝)に対する、明らかなる、反抗の思想であったのであります。

道元こそ明白に、禅を、その弁証法的展開の意義を、自らの心と身体と魂を通じて、真に把握していたのだといえましょう。「青山の運歩は、其疾如風(ごしつにょふう)よりもすみやかなれども、山中人は不覚不知なり・・・山外人(さんげにん)は不覚不知なり。山をみる眼目(がんおく)あらざる人は、不覚不知、不見不聞、這箇(しゃこ)道理なり」、と『山水経』はいいます。

休みなく、山は歩いている。疾風のように歩いている。いや、その歩みは、疾風よりもっと早いのだ。山の中にいて、山とともに歩いている人は、それを意識しない。山の歩みにかれが気づかないのは、かれが山の外にい、外から山を見ているからだ。山をみる目をもたない人には、山が歩くなどということは、想像がつかないことであろう。

すべてのものは流動し、遊動する。存在の流動するさまを、道元は見る。

青山は、まさしく、常に歩いていたのです。

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