MAGAZINEマガジン

連載

this IZU CLIP  読む

『唐人お吉を作った男たち』杉本 武著

*TAO LABより
ひょんなご縁で横浜在住、伊豆伊東富戸+下田にも拠点を持つ杉本さんと交流が始まりました。

杉本さんは会社を経営しながら、「幕末お吉研究会」を主催し、横浜と伊豆(富戸+下田)の三点を行き来しながら研究探求の生活観光を楽しんでおられます。その果実として、著書を二冊今までに刊行し、さらに近々、新刊を発表する予定だそうです。

今回、ピックしたのはそのうちの一冊、また、ありがたいことにその著作の紹介文をご自身杉本さんよりいただきました。

「唐人お吉」...名前は知っていると思いますが、皆さまが知っている彼女の人生は物語であり、実際とは違うもののようです。真理はひとつ!ですが事実は見方立場によりことなります。また、事実は小説より奇なり...この機会に杉本さんのナビによる史実の旅にお出かけください。
では〜出発進行、いってらっしゃいませ。

唐人お吉を作った男たち.jpg
唐人お吉を作った男たち
 著者 : 杉本 武
2018年12月 長倉書店

*著者杉本さんより...
「唐人お吉」と聞いても今ではピンと来る人も少ないと思います。
私自身、7年前に下田を観光するまでは、聞いたことはある程度で、ほとんど知りませんでした。

物語の舞台となった下田は、ペリー率いる黒船艦隊によって開国された幕末、最初に開かれた港町です。

ペリーが去って2年後に初の駐日米国領事として下田・玉泉寺に住んだのがハリスでした。
ハリスは日本との本格的な貿易をするため、江戸に出ることを望みますが、幕府はのらりくらりとそれをかわし、ハリスが病気になると看護人の名目で、下田一の芸者だったお吉を差し向けます。

当初、お吉に同情的だった下田の人たちも、お吉が莫大な謝礼を受け取ったことを知るや、お吉をいじめ、終いにお吉は稲生沢川に身を投げた...というのが「唐人お吉」の物語です。

戦前、「唐人お吉」の物語は芝居や映画で全国的なブームとなり、下田も一躍人気の観光地になりました。

確かに、お吉のモデルとなった斎藤きちという女性は存在し、玉泉寺に奉公していたことも古文書で明らかになっていますが、物語と史実はイコールではありません。

真実の斎藤きちは、いったいどのような女性だったのか?
そして「唐人お吉」という物語は、どのようにして作られ、全国に広がり、また消えていったのか?

その経緯について集められるだけの資料と客観的な観点から書き起こしたのが、この「唐人お吉を作った男たち」です。

これまでの「唐人お吉」物語の内容を非難する目的で書いたつもりはありません。
お吉を世に送り出した男たちの熱き人間ドラマを感じていただければ幸いです。

*杉本さんのもう一冊
まんが安直楼始末記.jpg
まんが安直楼始末記―「唐人お吉」の真実

このあと新刊出版される本もまんがというスタイルだそうです。まんがにするというセンスがないすな杉本さん。こちらも江戸末期から明治にかけての物語=史実とのこと。
歴史を俯瞰し、ジャッチするのではなく、更新=バージョンアップさせる杉本さんの活動、引き続きお楽しみです。

NEXT

PAGE TOP