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おかねのしくみ by 新藤洋一

第7回 帝国の始まりと国家の興亡

前2100年の時点で世界の金の産出量900tのうち、エジプトが700tという数字でしたが、これが前1200年には世界で2600t、内エジプトが1600tです。この900年で全体の金は3倍近くになりましたが、エジプトの金は2.3倍に留まっています。
この数字の意味は、エジプト以外の産出が増えたのか、エジプトから金が出て行ったのか、両方かどちらかです。

エジプトは、国家成立のために金を原資として必要な物資を輸入したのですから、当然エジプトから金は出て行き、それを受け取った地域に納まっていることになります。
輸出の代金を金で受け取った地域に金が退蔵されていくと、その地域が力を持つことになります。具体的な力とは、兵士や役人を雇うことができるということです。それが国家を形成し、領土を拡大していく源泉になるのです。

ここで前回掲示した手書きの年表をもう一度見てみます。
紀元前手書き年表20181018111821.jpg

武器としての金属である鉄を早くから手にしたのはヒッタイト王国です(前1700年)。ヒッタイトは鉄の製法を外部に漏らさないように独占することで、有利に戦争を繰り広げ、領土を拡大していきました。2頭立ての馬車に3人の兵士を乗せて、敵陣に突入したのです。

古代史年表を見ても分かるように、ヒッタイト王国はいつ頃どのように起こったのか分かっていません。その滅亡についても不明な点が多いのですが、どうやら内部崩壊して滅びたようです。それに伴い鉄の製法が各地に広がることになりました。

エジプト初期20181018104639.jpg
【「世界史年表・地図」吉川弘文館 より引用 】

そこで力を付けて帝国にのし上がったのが、アッシリアです。全オリエント世界を支配する初の帝国となったアッシリアは、前671年にエジプトの首都メンフィスを占領。このときにエジプトの金がアッシリアに流出しています。

帝国の経営とは、各州からの税収、属国からの貢納、遠征での略奪による戦利品などが収入源です。奴隷や労役義務、強制移住など過酷な政策の一方で、高度な芸術が開花するなどの面もあります。

人頭有翼牡牛像.jpg
【「アッシリアの人頭有翼牡牛像」Wikipediaより引用】

帝国というのは必ず、権力に慢心し浪費を拡大し、やがて別の帝国に取って代わられる、という運命を持っています。
ローマ帝国しかり、現在のアメリカが正に滅亡を迎えていることを理解している人は少ないでしょう。
副島隆彦氏は「世界は帝国と属国で成り立っている」とかねてより主張し、日本がアメリカの属国であることを早くから指摘し広めていきました。近著『日本人が知らない真実の世界史』でも、帝国属国論で世界史を解説しています。

この「帝国の交代劇」と金が密接に関わっている、ということを次回以降で紹介していきます。


*プロフィール
作農料理人 人類研究家
新藤洋一(しんどうよういち)
1963年群馬県生まれ
1991年脱サラ後、飲食業を営みながら食糧とエネルギーの自給に取り組む。
自給生活の様子は「自給屋HP 」に掲載中。
(自給屋としての営業は2018年12月ですべて終了します)

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