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「自他一如」〜医の現場から見えること〜 by 岡田恒良

第四回 パワハラのこと

 今回は医学的なことを離れて現在の視点で書いてみます。いつの間にか、このパワハラという語が広く知られるようになりました。ハラスメントとは、あまり日本人に馴染みのない英語ですが、困らせる、悩ませる、そういう行為を言うそうです。セクハラを耳にしたとき、ちょっと大袈裟だなという感を抱いたこともありました。しかし、モラル・ハラスメントに続いて、このパワー・ハラスメントが登場。これら三つのハラスメントを総合して考えてみる必要があるでしょう。

 これはそもそも長期的に現代にまで続く差別社会に対する大いなる反旗と考えてはどうでしょう。暴力が支配する時代がかつては当たり前でした。現在も執拗に残っています。それにかぶさるように金権の時代が来ています。そしてそれらに伴って学歴社会に突入して、学生が過剰な勉学を強いられています。優勝劣敗(優れているものが勝ち、劣っていれば負ける)の概念が根付いています。努力競争が美辞になっているのです。

 性、階級、身分による格差、これは徐々に発生した現象でしょう。北米インディアンはかつて、強健な男性が狩猟に行き獲物を持って帰ると、真っ先に歩けない老人や弱者、女性・子供に与えました。その残りを男性が分け合って食べる、という生活をしていたそうです。まさに理想的な和の世界です。小さな和=小和ですね。こういう生活形態はひょっとすると世界中にあったのかもしれません。

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-図形「和龍」一般社団法人日本里山協会HPから転載-

 やがて時代が下り、食をめぐっての部族間での争いが発生すると、勝敗に従って主従や、奴隷が出来上がってきます。戦士が力を持ち、あっという間に階級社会が出来上がるのです。中近東で三千年前頃に始まったこのヒエラルキーは、やがて世界中を巻き込みます。日本も二千年前の大陸系弥生人の乱入で平和な縄文は終焉。とうとう階層社会に陥りました。争いの痕跡が見られるようになったのです。しかしこれを人のさがとみなしてはいけません。

 しかしこの階級社会という大集団は、大きな恩恵も生んだようです。それが科学技術でしょう。戦争に勝つために情報を集め、富や人口を増やし(富国強兵)、道具の発達も促しました。道具すべてが武器のためではないですが、戦争を契機に発展してきたことは事実のことです。平和な小和の部族には、科学技術は産めません。

 しかしこうした背景から人種差別、男尊女卑、身分や肩書き、能力でおのずから上下を作っていくことが、一旦は常識になってしまいました。振り返って現在、この格差社会の弊害が大きく見直されようとしています。男女に上下はありません。能力の違いをわかりあえばいいのです。もちろん会社の上司、部下というのも、役割分担に過ぎません。「その人が社長である」のでなく、「社長をやっている」、「社長の係をしている」に過ぎません。監督、コーチ、選手、これらも能力分担をしているに過ぎません。知恵を持っているなら授けましょう。早く走れるなら走りましょう。うまく投げれるなら投げましょう。しかし相手に怒鳴ったり、命令したり、押し付けたりはそもそも許されないのです。これまでそうだったのだから、これは通用しません。これからは変わるのです。すべてハラスメントはしてはいけないのです。

 セクハラも同様に、男女の役割分担はあっても、強制や命令はおかしいのです。日本の男尊女卑は武士の台頭した鎌倉時代に発生した歴史の浅い概念です。 ...続く

*著者 プロフィール
なごやかクリニック院長
名古屋醫新の会代表 
岡田 恒良(おかだつねよし)
https://www.facebook.com/tsuneyoshi.okada1
1955年岐阜県生まれ
1980年岩手医科大学卒
約20年消化器系一般外科医として通常に病院勤務。市民病院で外科部長として勤務中、ある先輩外科医との運命的出会いがあり、過剰医療や過剰投薬の現状に気づき、自然医学に目覚める。
1999年千島喜久男博士の勉強会を名古屋で主催、マクロビオティックの久司道夫氏の講演会企画をきっかけに病院を辞職。
御茶ノ水クリニックの森下敬一博士の機関誌《国際自然医学》に「自然医学の病態生理学」を長期連載。中山武氏の主催するがんの患者会「いずみの会」の顧問をしながら安保徹教授の講演会を開催し、親交を深めた。
看護学校にて補完代替医療について講義中。
2006年コロンビアのドクトル井上アトム氏に出会い、運動療法・自然療法の重要性を認識。以来南米に3度訪れる。 「自他一如」の探求は2000年から続く。

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